翌朝、浜野たちが部室の扉を開けたときには、一年生たちがすでに着替えを終えていて、
いつものように六人揃ってくだらない話に花を咲かせて盛り上がっていた。

「相変わらず元気いいですねぇ」

墨で塗りつぶしたような濁った目をして、枯れた風に速水は言う。
そして今朝から、浜野は速水が何かを言う度にびくびくと反応している。

(これ、いつ渡そう)

結局あの後30分近く迷って選んだピンク色のリボンは、
可愛らしいラッピングに包まれたまま浜野の鞄の奥に仕舞われている。
そんな浜野の葛藤を余所に、倉間は二人を置き去りにして一年生の輪に近付いていった。

「え、ちょ、倉間?」

聞こえていないらしい。倉間は浜野に構いはせず、天馬のすぐそばに寄った。
剣城が自分の背後に濃厚な殺気を送り始めたので、何かと思って振り返った天馬は、
そこに恋人の姿を認めてぱああと表情を輝かせる――剣城からの舌打ちに気付きもせずに。

「天馬」
「はいっ、おはようございます倉間さ――えっと、先輩!」
「手。出せ」
「え?」

問答無用で倉間が投げ渡したのは、小さな黒い箱だった。
その中身を知っている浜野はびくりと身を強ばらせる。

(ここも迷わず行った!?)

好奇心に釣られて、葵と狩屋も身を乗り出した。輝と信助は首を傾げるばかりだ。
ただ一人、嫌な予感がしている剣城の顔色はどんどん青ざめていく。
他の面々に構いはせずに天馬はその箱を開ける。そして中身を見て、驚愕した。

「……く、らま、さんっ」

銀色のリングを手に耳まで赤く染めながら見上げてくる天馬と視線が合って、
そこで初めて倉間は自分がやった事の恥ずかしさを思い知る。
――今さら遅いだろうと浜野は叫んでいるが。
天馬と同じくらいには赤くなった顔で、倉間はぷいと目を逸らした。

「い、いらないなら返せよ! なんとなく買ってきてやっただけなんだから!」
「いります、嬉しいです! あのっ、あのっ、ありがとうございますっ!」
「……お、おう」

完全に沈黙した剣城やつられて赤くなっている葵たちには目もくれずに、
天馬はリングを手にきらきらした目を倉間へと向ける。

「あの、先輩がこの指輪付けてくれませんか?」

その一言が剣城へのとどめになっていることに天馬は気付かない。
倉間は一瞬だけ嫌そうな顔をすると、目線を外したまま天馬に手を出すように言う。
笑顔を崩さずに天馬がすっと右手を差し出すと、
倉間は黒曜石のように鋭く輝く目をぎろりと細めた。

「そっちじゃねえよ」
「え」

きょとんと目を見開く天馬の左手を取り、銀に輝く円環を薬指に通していく。
それは誂えたようにぴたりと嵌って、天馬の指先に彩りを添えた。

「……外すなよ」

指先でリングの位置を整えて、ぼそりとそう呟く。
二人とも、茹で蛸を通り越してマグマのように頬が熱くなっていた。
渡した側も、悪乗りがてらに嵌めさせた側も、穴を掘って埋まりたいほど恥じらいだす。
天馬にできたのは頷くことだけだ。狩屋や輝、葵に至ってまでもが頬を赤く染める。
すきなひとから指輪を貰って、左手薬指に嵌めてもらう。
そんなシチュエーションにそれなりの憧れを抱く葵は、
いいなぁいいなぁと天馬の背を叩きながら囃したてていた。
目の前で片思いの相手を売約済みに変えられた剣城は完全に思考を停止していたが、
それ以外の視線は羨望もしくは倉間を勇者と讃える何かだった。

「……え、何なんですかあれ。木っ端微塵に爆発すればいいのに」

二人がかりでドアを押さえつけながら、速水が信じがたい物を見るような目を向ける。
一方で浜野の目は煙が充満しているかのように濁りきっていた。

(あれのあとに何か渡すのとか、無理)

全力でドアを閉めつつ、浜野は顔面を蒼白に変える。

「おい、誰だドアに悪戯をしている奴は。一年か? 早くそこを退けろ」

今部屋に入れば間違いなく惨劇を引き起こすだろう神童の声も、
明らかに見劣りする鞄の中のプレゼントも、何もかもが浜野の背筋を冷やしていた。


その日の間、ずっと天馬が使い物にならなかったことを追記しておく。



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