剣城優一は困惑していた。未だかつてないほどに驚愕していた。
ハニーカルサイト色の瞳は頼りなく揺れながら、
弟とその友人である少女――松風天馬を見つめている。
それはごく稀にある連れだってのお見舞い風景と何ら変わりはなかったはずなのに、
天馬の左手薬指に輝く銀の環に気付いてからというものの、優一は気が気ではなかった。

(未来の嫁もしくは義妹にこんな舐めた真似をしたのは誰だ)

相当寝ぼけた思考回路をしているが、
辛うじてその妄想を口に出さない程度には冴えていたので、
現段階では天馬の笑顔が曇ったり凍り付いたりすることもなかった。
いずれは「あなた」もしくは「お義兄ちゃん」と呼んでもらう予定だった少女の指先に、
いけしゃあしゃあと自らの存在を主張する図々しいにも程がある指輪。
その煌めきに笑みをひきつらせながら、優一は目線だけで弟に合図を送る。何だあれ、と。
対する剣城の反応は明瞭ではなかった。まだ胸の痛みは癒えていないらしい。
連戦連敗が続く無名のボクサーのように濁った琥珀の目を、ぷいと力なく逸らすだけだ。
このまま待てばエクトプラズムでも吐き出しそうだな、と優一は弟を分析する。
そして遅かれ早かれ、同じように自分もとどめを刺されるのだろうとも。

「……天馬くん」
「はいっ」
「あのさ、それ……その、左手薬指の、指輪……」

せめて人差し指なら、もしくは右手ならと未練がましい心が叫んでいることに、
今現在幸せの絶頂を味わっている天馬はこれっぽっちも気付かない。

「彼氏から、貰いました」

だから、遠慮も容赦も全くないままふにゃりと幸せそうに笑う。
それが兄弟の心にざっくりと消えない傷痕を残したことだって理解していない。

(京介は泣いてもいい)

自分よりも弟の方が苦しいだろうと優一は思っている。
それは間違いではないが、一部に優一の希望的観測が混じっていた。
天馬への慕情はそれほど重たい物ではなかった……と優一は自分に言い聞かせている。
可愛い妹だと思っていた。京介のお嫁さんになればいいのになぁと考えていた。
そうやってゼロではなかった気持ちを無理やり大きく捉えることで、
アイスピックのように鋭く突き立てられた現実の痛みから無意識に逃れようとしていた。

「……幸せそうだね」
「はい」
「ああ、それは何よりだ……」

例えばこの指輪が、弟が渡した物だったりしたら。
その時はほんの少し痛む胸に気付かないふりをして、祝福してあげられただろう。
だが、犯人は赤の他人だ。サッと奪い去ったのはどこかの馬の骨だ。

(男の方だけ爆発しないかな)

優一は割と本気でそう考えている。許してはならないと、欠片も祝福する気はないと。

「天馬くん、手相見てあげるから左手貸してくれないかな」
「あ、絶対嫌です」
「見てもらえよ。抑えててやるから」
「うん、死んでも嫌! 左手は嫌!!」

兄弟の視線は、左手薬指の銀環だけをじっと見据えている。



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