あの人の事なら、誰よりも想っている自信があるんです。
誰よりも近くでずっと見てるから、何か異変が起きたらすぐに解っちゃうんです。
あの人が最近、僕じゃない人をじっと見つめてるの、知ってるんです。
多分、あの人が一番解ってないと思うんですけど。
だって、よりによって――

「……た、高原殿? 如何なされたので?」
「ん? あー、何だろうな。お前強えよなーって思いながら見てた」
「むぅ……?」

――普段まるで会話もしてない、というかならないおぼろ丸さんを意識してるんですか!?

確かにおぼろ丸さんは強いです。
確かに頭まで筋肉で――いえ、今のは言葉の文でしたね。
思考回路の8割が「最強」の言葉で埋め尽くされている高原さんのことですから、
「強い」というだけでも簡単に意識に入り込めるのでしょう。
でも、強さだけでいいなら僕でも良いじゃないですか。アキラさんは無理でしょうけど。

「……おい、そこのガキ。今オレに対してひっでえ言い草の考え事してなかったか?」

全く、この人はこの人で本当に面倒だ。勝手に心を読まないでください。
人には秘密にしたい事が結構あるものです。それを勝手に暴くのは、どうかと思いますよ?

「お前もお前でオレが心読めるからって喋るの止めるなよ!?」
「言わなくていいならそっちの方が楽で良いじゃないですか」
「オレは喋るし心読む分の神経すり減らしてんだっつの!」

なら、読まなければいいだけでしょうに。

「だから心の中でだけ喋んなっつってんだろこのクソガキ!」
「アキラ殿、何をそんなに叫んで――」

仲裁に入ろうとしてくれたおぼろ丸さんを、アキラさんは酷く冷たい目で一瞥。
そして心からの怒りを隠すこともなく、おぼろ丸さんの胸倉に掴みかかります。

「うるせえ! 7割くらいはてめーのせいだこのスットコ忍者!」
「は?」

何が何だかまるで理解出来ていない僕たちをよそに、
アキラさんの機嫌はどんどん急降下していきます。
気分的には落ちるどころか相当熱くなっていますけれど。
そして最後は半ば八つ当たりのように、こう吐き捨てて走り去ってしまいました。

「暇さえありゃ高原ばっか見やがって! お前なんかピスタチオ食って死ねこのエセ忍者!」

と。

……えーと、聞き捨てならない言葉が混ざっていたような気がするんですが?

「高原さんばっか見て、って……えええええ!?」

それってつまり、あれですよね? 高原さんもおぼろ丸さんもって事は……嘘だ。

「お、おぼろ丸さん。一つ聞きたいんですけど」
「拙者の方が聞きたい事に溢れているのでござるが」
「すみません、貴方に配慮できる余裕が僕にありません」
「むう」

おぼろ丸は悪くないのかもしれないけれど、僕にはやっぱり理解出来ません。
いえ、したくないのかもしれません。とにかく僕は必死でした。
ただただ信じたくなくて、必死で問い掛けました。

「あの、高原さんのこと、どんな風に想ってるんですか……」

言葉尻に向かうにつれて、僕の声はひたすら小さくなっていきます。
最後の一言を告げたとき、おぼろ丸さんは微動だにせずにこう答えました。

「お強い人だ、と」

残念ですがそれは知っています。知りたいのはその先です。

「強いだけなら、サンダウンさんも、ポゴさんも……同じじゃないですか?」

僕も、とは言いませんでした。
おぼろ丸さんの目は冷たくて、何も変わらないように見えます。
何せ、ただただ氷みたいに青い目で僕をじっと見つめているんです。
溶けない氷は、まるで姿を変えません。

「高原殿は……力というより、性根の強い方だと見受けた」

冷たいまま、語るのです。

「あの方は、揺るがない。何がその身に降りかかろうと自分を曲げない。
 そこが強いと、拙者は思っているまでで……
 拙者には、ユン殿が何を聞きたかったのかがまるで見えぬ」

僕はただ、愕然としていました。
透き通った氷の壁の向こうに、仄かな何かを見い出してしまった気がしたのです。

「あの、それって……おぼろ丸さんは、その」
「また質問されるので?」
「あっ、その、ええと……すみません。でも、これだけは聞いておかないといけないので」

僕は冷たくて鋭い青い瞳を見据え、言いました。言ってやりました。

「おぼろ丸さんって、高原さんが好きなんですか?」


時間が止まったような気がします。冬の空よりヒヤリとする視線が突き刺さりました。
それどころか、空気すらも肌を刺す冷たさです。

「……好き?」
「いえ、だからそのっ、なんていうかこう、まるでおぼろ丸さんが、高原さんを――」
「確かに……そうなのやも知れぬが」
「え」

なんか僕、決定的な間違いを犯した気がするんです。藪の中の蛇を踏み抜いたというか。
おぼろ丸さんの目も、氷から手のひらの上の雪ぐらいに暖まった気がします。
一方で、僕の背筋はどんどん冷え切っていますけれど。

「好き……むう。確かに、言われてみれば全てが繋がる」
「えっと、無理して繋げなくても良いんですよ?」
「同じ年頃の者も少なく、ハヤテ様は兄と言うには遠いお方だった故」
「ほら、最悪思い違いなんて事は――え、同じ年頃? 兄?」

今度は僕の理解が遅れる番のようです。
一人だけ何かを納得しているらしいおぼろ丸さんは遠くを見つめ、
うんうん頷きながら噛み締めるようにぽつりぽつりと呟いています。

「確かに、拙者は高原殿を好いている。おそらく兄のように」

僕の見る限りは確実に違うんですが、言わないままにしようと思います。
だって絶対、言ったら面倒なことになるじゃないですか。
本人が兄のようにって言ってるんです。そのままにしておくのが一番いいはずです。

「して、ユン殿は何故その質問を拙者に?」
「それは、まぁ……えっと、高原さんとおぼろ丸さんって、あんまり会話が無いっていうか、
 もしかして苦手だったりするのかな、なんて思っちゃいまして。
 ほら、それならサンダウンさんに相談して、何かしら考慮した方がいいかなって……」
「成る程」

まぁ嘘なんですけどね。すらすらと口から出任せを言えた事に、我ながら辟易しました。
レイさん、僕はあなたの弁舌に少し追い付けたのでしょうか。

「心配なら無用でござるよ。ただ、何も話す事がないだけで……
 ユン殿やアキラ殿と違い年も隔てている以上、あの方とは武の話しか出来ぬ」

高原さんに武の話以外の会話が出来るかはちょっと怪しいような気もしますけど。
ともあれ、ようやく余裕が出てきた僕は、何とか笑顔を作れるようになりました。
いつも通りの笑顔のまま、言いました。

「今と同じこと、アキラさんにも言ってあげてください。きっと仲直りできますよ」
「……むう」
「ほんとです。絶対大丈夫ですから」

多分……いえ、十中八九、一発殴られると思いますけどね。


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