「ん、う……む、ちゅ、ぷ」

舌を絡ませ唾を飲み込み、オレたちは互いの唇を貪りあう。
あまりに長引きすぎたキスのせいか、舌だけでなく歯の裏までがぴりぴりと痺れていた。
サラサラの髪に指を入れてより強く唇を押し付けながら、オレはぼんやりと思考する。
はてさて……きっかけは何だったっけかね。




そんな大した事じゃないんだが――そうそう、始まりは飯食ってた時にしてた話だったな。
女がいるならまだしも男ばかりの空間では話題がシモの方に転がる事も多く、
今日もまたそんな感じだったという訳だ。
とは言え、今回のネタはそれほど暴走しちゃあいない。
キスしたことがあるかどうか。その位の可愛らしいもんだ。

「き……?」
「す……?」

突如舞い込んできた外来語にステレオで首を傾げるお子様二人に苦笑しながら、
オレはその単語の持つ意味を適当に説明していた。
何だろうな、お前らの言葉で言えば口付けだとか接吻ってところか?

「なッ、あ、あ、ある訳無いじゃないですか!」

半狂乱気味になるのは良いけど、零すなよ。食料は貴重なんだからな。
慌ただしい否定はさておいて、オレは視線をおぼろ丸に移す。
真っ赤になっている隣のガキとは裏腹に、コイツの表情はいつもと変わらない。
例え今この場に突然ブリキ大王が現れたとしても、
おぼろ丸だけは平然と事態を受け止めるんじゃないだろうか。
何せ無口無表情無愛想の三点セットが揃い踏みだからな。

「お、おぼろ丸さんだって、無いですよねえ?」
「拙者は……」

ちらりと視線が此方に走る。言って良いものかどうか、って事だろうか。
オレは曖昧な笑みを浮かべて、サンダウンやポゴを見る。
その視線が意味するものを悟ったのだろう。おぼろ丸はふるふると首を振り、呟いた。

「今のところは」

何故だか、オレはその答えに深い安堵を覚えていた。
どうやらオレはその場限りの嘘だとしても、相手を束縛したいらしい。
例えそれがただの虚言でも、オレとアイツに誰かの影が差す事が許せない。
やだねえやだねえ嫉妬深いってのは。自覚はあったが此処までとはな。
自嘲気味に水をぐいと煽る。すると視界の端に、呆れ顔の高原が引っかかった。

「キスぐらいで騒げる辺り、お前らも若いよな」
「何だよ、こんな時だけ大人ぶりやがって」
「実際大人だからいいんだよ」

興味無さそうに器を置いた高原には、何だか無性に腹が立った。
ぶーぶー唇を尖らせていると、一方からえらく禍々しいオーラが流れている事に気が付いた。

「た……かはら、さんって、誰かと口付けをした事、あったんですか」

声の主は今にも世界が終わりそうな表情で、か細い声を捻り出していた。
サンダウンとオレはぎょっとしてそれを見やる。
一方で、隣の置物みたいな忍者は相変わらず淡々と飯を食っていたりするのだが。

「そ……そんなに良いものでも、ない……と思うが」

オッサン、それはフォローでも何でもないぜ。
口の端から何かが流れ出てきそうなのを必死に堪えていると、
高原が更なる追い討ちをユンにぶち込んだ。

「生暖かいタラコが口ん中でびちびちしてるようなもんだ。
 そこまで気持ち良いもんじゃねえよ」

……身もフタもねえな、オイ。
っていうかお前、どんだけドライな感想なんだ。
てっきりお前はキスだの何だのに夢を見てる人種だとばかり思っていたんだが、
どうやら思い違いだったみたいだな。現実は意外とシビアだ。
しかし、これはこれでお子様がたの幻想を飛び膝蹴りでぶち壊しちまう発言じゃ――

「えっと、口の中で……ですか?」

空気が凍りついたのが、ハッキリと解った。
いくら高原でもこれくらいの空気は読めたのか、ぴしりと固まってまるで動かない。
そして瞬時にサンダウンとオレの視線がかち合う。
お互いに誤魔化し方を見つけられていないのがはっきりと解った。
どう説明すれば良いのか二人でアイコンタクトを取り合っていると、
こんな時でも何時もと変わらないポーカーフェイスでおぼろ丸が口を開いた。

「恐らくは何れ身を持って知る事。今無理をして聞く必要はないでござろう」
「そう……ですか」
「きっと」

これで『子供にはまだ早い』とオレや高原が言おうものなら猛反発をするんだろうが、
同い年の相手が言った事なら素直に聞けるって感じなんだろうな。
ユンはそれに納得したようで再び飯を煽り始めた。

それを見届けたところで、やっとオレたちは胸をなで下ろす。
見れば、サンダウンと高原の表情にも安堵の色が浮かんでいた。
おぼろ丸様々だ。やっぱり最後の最後で頼りになるのはこの無敵忍者か。
何せいざとなればピッキングだってやってのける芸達者だからな。

「……この手の話は、夜半に限るな」

全くだぜ。
高原とともに頷きながら、オレはちらりとポゴの方を見た。
話の内容が解らずに目を白黒させていた小さな体に、ひとつ曖昧な笑みを送る。
すると、ぱあっと花が咲いたような笑顔が返ってきた。
ああ、平和だな。お前はいつもそうあってくれよ。
これで『実は妻帯者でした』とか言い出したら泣くからな。

「ところで、おぼろ丸さんは真相を知ってるんですか?」
「それが真実かは解らぬが、心あたりなら」
「へえ……時代の違いですかね」

うまい逃げ方をしてるとは思うんだが、オレをガン見しながら言うのは止めろ。
ほんっと態度に現れる奴だ。ま、今は状況が状況だから誰も怪しんじゃいないけどな。
サンダウンあたりには助けを求める視線に見えたようだ。乾いた笑顔が心許ない。
オレは正直、逃げるかユンを本気で黙らせるかしたくて仕方がなかった。



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