本当はずっとずっと思ってたことがある。
切っ掛けは覚えていない。
帝国で「剣城を信じる」って言ってくれたときかもしれないし、
それよりも前、もしかすると初めて会ったあのときからなのかもしれない。
俺にも知らない間に、松風天馬の存在は俺の中で大きなものになっていた。
空野とあいつが話している間はひたすら耳を欹てて、
あいつが何が好きで何が嫌いなのかを必死で聞き取ってみたり、
西園にそれとなく気を回してもらって、他の誰より近くをとってみたり、
あいつにどうにか近づけるように情けないことも色々やった。

(お前は偶然だって思ったんだろうけど、偶然じゃなかったんだ。
 あのジュースに最近ハマってるって、空野と話してただろ?
 知ってたんだよ、俺。全部聞いてたんだ。ほら、気持ち悪いだろ)

口に出さないのは、少しでも松風の目に映る俺の心証を良くしたいからだってのは解ってる。

(どうしてお前を兄さんに会わせたくなかったか、欠片もわかってないだろ?
 絶対こうなるって思ってたんだよ。兄さんが、お前になんかするって)

それを知られたらきっと、今俺のキスを受け止めてくれてるこいつは、
怪訝な顔をして一歩引くに決まっているから。
何言ってんだよって顔をして、それでもちょっとだけ距離を開けるに違いないから。

(だったら知らないまま、知らせないまま、このまま閉じ込める)

神童に睨まれようが倉間に蹴られようがその他色々妨害されようが、
俺は俺なりに、本来有り得ないぐらいの心構えでここまで近づいたんだ。
不用意に言った一言で突き離しかけたけど、松風は俺が好きだって言うから。
兄さんより、俺を選んだから。だったら、逃がさない。

「つ、剣城。ひとが、くるかも」
「来ない。そういう時間帯だから、安心しろ」
「時間帯の問題じゃ――う、んっ」

松風は小さい。俺が大きいだけかもしれないけど。
とにかく、こいつが抵抗したって絶対に振りほどかれない自信はあった。
真っ赤な顔でぷるぷる震えてる松風に、何回も何回もキスしてやる。
狭いエレベーターの中に、松風の逃げ場はない。

「つる、ぎ」

支えを求めて伸ばされる手が、俺の胸元に添えられる。
眩暈がした。それと同時に、がくん、と、急にエレベーターが動き出した。
階下に向かっている所からすると、下の階で誰かがボタンを押したようだ。
時間切れならしょうがない。俺は松風から離れて、一階のボタンを押した。
松風は顔を真っ赤にしたまま、ぽーっと俺を見ている。

「お前、日曜日時間あるか?」
「へ? えーと……今週の日曜って、練習あったっけ」
「さあ」

ぼんやりしたまま訳が解っていないうちに、今度は手を握る。そして指先を結ぶ。
前はここで離された。今度は離させない。

「あってもなくても、俺によこせ。で、やり直させろ」
「やり直すって、何を?」

ぽん、と電子音。俺たちの目的も、エレベーターを呼んだ誰かも一階だった。
ドアが開くと同時に、絶対に逃がさないように手をぎゅっと握って、一歩踏み出す。
よし、ここまでは何とかなった。あとは、その前の部分だけだ。

「日曜日に待ち合わせて出かけるの、お前、初めてだったんだろ。
 またあの服着て、11時に駅前こいよ」

大丈夫、今度はもっとうまく喋れる。素直に話せる。二度とあんなこと言ってたまるか。
あの時は、気が動転してたせいでいらないことを喋り過ぎた。

「……剣城、あの、えっと」
「なんだよ」
「い、いいの? さっきの告白、オッケーってこと?」

振り返った松風の顔は、真っ赤になったまま不思議そうに俺を見上げている。

「どうやったら俺が断ったように見えんだよ!?」
「だって剣城、返事してくれてないじゃん! 俺ばっかり好きなんだと思ってた」
「察しろ!」
「俺はエスパーじゃないんだよ」

ぎゃあぎゃあ言う割に、松風はにやにや幸せそうだ。
一発チョップなりローキックなりしてやるべきだろうか。

「……でも、良かった。断られなくって。俺、断られる覚悟しか決めてなかった」

お前の告白を断るのはもともと彼女持ちだった奴かホモくらいだぞ。
そんな事は言わない。試されでもしたら堪らない。
こいつが「告白された」って、「自分も告白する」って言った時、
俺が何を思ったかも知らない奴に言う気はない。

(殴る、で済んだらよかったよな)

俺の目が淀んだことに気付いてんだか気付いてないんだか、
松風はへらへらと幸せそうに笑いながら俺の手を握り返してきた。

「剣城、剣城」
「なんだよ」
「まずは、お友達からよろしくお願いします?」

思わず足が止まった。

「……は?」
「え? 告白するときって、こういうこと言うんだよね?
 俺、さっきのは優一さんに向かって言ったから、剣城にもちゃんと言おうと――剣城?」

……お前、俺にあんだけ良いようにされて、それでも友達ラインに俺を置くのか?
自分から告白してきた割に、お願いごとが「友達から」?

「……日曜日、覚悟しろよ」
「え?」

こいつがどんだけ嫌がっても、恥ずかしがっても、徹底的にやり直してやる。
それこそ、兄さんだって誰だって文句なんて言えないぐらいに。
そんな決意を固めて、まずは「松風を家まで送ってやる」ことからはじめてみた。



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