「日曜日空けとけ。11時に駅前集合な」

好きな男の子にそういう風に言われたらさ、普通デートのお誘いだって思うじゃん。
俺の自意識過剰な判断じゃなくて、一般的なお話としてもデートの誘いじゃん。
確かに、剣城とは別に付き合ってる訳じゃないけど……期待した俺が悪かったのかな。
それとも誘われた後に行き先聞いてないのが間違いだった?
なんで今、俺は引っ張り出したミニスカートやらタイツやらを装備して、
履き慣れないパンプスでもってわざわざ近くの病院なんかに来ているんだろうね。

「何か知らねえけど、兄さんがお前に会いたがってるから仕方なく連れて来てんだぞ。
 兄さんに変なこと言ったら承知しねえからな」

ムッとした顔でそんなことを言ってくる剣城の怒りが理不尽で、より一層イライラが募った。
本当に仕方なさそうだけど、生憎俺には怒られる筋合いがない。
そんなにお兄さんが好きならモロッコあたりでどっちかが性転換するか、
アメリカあたりでお兄さんと挙式でも何でも挙げたらいいんだよ。
こういうこと口に出したら叩かれるだろうから言わないけどさ。
俺の前を歩いていく剣城はいつも通りのふてぶてしい態度で、マントみたいな学ランを翻す。
日曜日なんだからいつもの改造制服で出歩くのはやめた方がいいと思うよ。
ポリシーなら止めないけど、俺ばっかり浮いてるじゃん。
おろしたてのスカートも新品のネイビーのタイツも履きなれないパンプスも、
何もかもが勘違いすぎて泣きたくなってくる。
今日はもう、何もかもがダメだ。

「じゃあいいよ、剣城の横でお人形さんしてるから。お兄さんとゆっくり話してなよ」

泣きそうだけど、恨み言は言わない。言い返すのはその程度にしておいた。
喧嘩したいわけじゃないし……その、剣城のこと、好きだからさ、うん。
足の長さの問題で歩くペースが全然違う剣城の後ろに必死で着いて行く。
ちょっとぐらい気つかってくれてもいいのになあ。パンプス慣れてないから、微妙に足痛い。
こういう時、ああもう俺の事なんて女の子としては意識してないんだろうなって感じる。
エレベーターで二人きりになっても特に反応ないしさ。
まあ、お兄さんに会わせてくれる程度には仲良くなれてるみたいだけどね。
……なんでエレベーター降りた瞬間小走りになるかな。そんなにお兄さんが好きかお前。

「兄さん」

でも、ドアを開けての第一声はちょっとだけ緊張したような声だった気がした。
白い扉の向こう、また真っ白なベッドの上には、ふわりと優しい笑顔を浮かべた優一さんが居る。

「あ、本当に連れて来てくれたんだ」

優一さんは俺を見るなり、ぱああっと目を輝かせる。一方で剣城の機嫌は氷点下だ。

「兄さんが言うから、仕方なく……」

あーもう、そこで嫌そうな声出すな。悪かったね俺なんかが付いてきて。
ちょっとムッとしたのを察したらしい優一さんが、俺に向かってやんわり笑いかける。

「わざわざ来てくれてありがとう」

ええ、勘違いして無駄におしゃれしちゃっててすみません。
……なんてと言うこともできないから、曖昧に笑って誤魔化してみる。
そうしたら、いきなり剣城に睨まれたものだから、ちょっと焦った。
え、お兄さんに笑顔で頭下げるのも駄目なんだ。もうお兄さんと結婚すればいいのに。
まさか最大のライバルがお兄さんなんて俺もびっくりだよ。
同性の、しかも血の繋がった兄弟が恋のライバルになるなんて誰が思うんだ。

「なあ京介、悪いんだけど水を汲んで来てくれないか?」

その視線を断ち切ったのは、他ならない優一さんの声だった。
俺が剣城の態度でちょっと傷付いてるのを察したんだろう。
弟と全然違う。何なんだろうこの気の周りっぷりは。爪の垢を煎じて飲むべきだよ剣城。

「え」
「なかなか看護師さんが通らないからちょっと困ってたんだ。
 まさか天馬くんに行け、なんて言わないだろ?
 ――あ、そうだ。せっかく天馬くんが居るんだから、
 天馬くんの分も飲み物を買ってきてあげてくれ。そこの自販機でいいから」
「な」
「頼んだよ、京介」

それは爽やかと言うよりかは有無を言わさないような笑顔だった。
本気で困ったような顔を一瞬したのを知ってか知らずか、
優一さんはコップと小銭を無言の圧力と一緒に剣城へと手渡していく。

「あの、いいですよ。俺が行きますし、飲み物代ぐらい自分で――」
「天馬くんは、ここに居て?」

気を遣ってくれるのは嬉しいんですが、俺が貴方に優しくされると剣城の顔が怖くなるんです。
そんなことは言えない。本人の目の前で言ったら怒られるし。
ああもうほら、今も物凄い目で睨まれてるんですけど。

「……すぐ戻ってくるからな」

何もしないから安心していいよ。何を心配してるんだよ剣城は。
……心配しなくても、剣城京介以外のひとに何かしたりはしないよって、
一回素直に言っちゃえたら何かが変わったりはするのかなあって思ったけれど、
今言ってどうにかなる問題でもないしそんな勇気も出ないから、黙ってることにした。
言ってすぐにこのブラコンがどうにかなる訳じゃないんだろうしね。
剣城がばたばたと小走りで出て行ったのを見守って、優一さんは俺の服の裾をつまんだ。

「私服、初めて見たけど。可愛いね」

ふわりと優しい笑顔。
キャプテンとか、三国さんとか、部活で年上の男のひとと交流することはあるけど、
優一さんが纏ってる雰囲気って部の人とは全然違う、もっと……大人って感じがする。
剣城に似てる(正しくは剣城が優一さんに似てるんだろうけど)顔で
そんな風に優しく笑われたら、物凄く胸がドキドキする。
……ほんとは、剣城にもそう言って貰いたかったなぁとか、色々。

「つ、剣城は、何も言ってくれなかったですけど」
「そうなの? せっかく可愛い格好してきてくれたのにね」
「へ」

くい、と引かれるままに、ベッドのそばに寄る。
優一さんは何を考えているのかちょっと掴みづらい笑顔のまま、俺に顔を近づけてきた。

「嬉しいな。やっと会えた君が、こういう格好して来てくれたのは」

あれ、これどういう雰囲気なんだろう。事態が飲み込めない。
剣城と同じ蜂蜜色の目が俺をじっと見つめて、ゆっくり近づいてきて――

「兄さん!!」

――慌てた声が聞こえた瞬間、それは名残惜しそうに離れて行った。

「残念。時間切れだね」
「え」

くすくす笑う優一さんと呆然としている俺を引き裂く様に、剣城が中に割って入る。
後ろ手に投げ渡された缶ジュースは、最近俺がお気に入りだった炭酸飲料だった。
偶然だろうけど、剣城が好きな飲み物を買ってきてくれたってだけでちょっと嬉しくなる。

「……何話してたんだよ」
「また会えて嬉しいって話。ね、天馬くん」
「え? ああ、はい……」

間違ってはいないから適当に返事しておいた。
だけど心配とか不安とかが入り混じった剣城の目がこっちをじっと見ている。
……ああもう、誤解されないように一回ちゃんと言っておこう。
全部を優一さんの前で言うのはアレだから、俺のほんとの気持ちは半分くらいだけ込めて。

「心配しなくても、優一さんに色目使ったりしてないよ」

剣城には使ってるつもりだけど、気付いてない方が悪い。

「その心配は最初からしてねえよ」

……あれ? じゃあ何の心配してたんだろう剣城。
よくよく見たら、剣城は俺に対しては不安そうな顔をする割に、
優一さんには試合中ボールをキープしながら相手を見据えている時みたいな、
牽制とか、威嚇するような視線を送っている。
何で優一さんにそんな顔するんだろう。あんだけお兄さん命みたいな素振りしてた癖に。

「俺は使ってみたんだけどなぁ」
「えっ?」
「……兄さん!」

剣城は本気で怒り出した……優一さんに向かって。
何か雰囲気おかしいし、割って入った方がいいのかなこれ。俺も怒られるかな。
とりあえず、冷えた缶ジュースのプルタブをパキュッて開けて、一口飲む。
しゅわしゅわ弾けるオレンジ味の炭酸が、俺の喉と頭をちょっと冷やした。

「剣城、ありがと。これ、好きな味なんだ」

空気はわざと読まないで、剣城のマントみたいな上着の裾を摘む。
振り返った剣城はちょっとだけ言葉に詰まって、困ったような顔をした。

「……偶然だろ」

じゃあ、これから覚えてくれたらいいよ。俺のこともっともっと覚えてよ。
そんな風に優一さんの前で言えるはずもないから、心の中でだけ呟く。

「じゃあ、今度用意しておくね」
「え」
「覚えておくから」
「……ッ!」

優一さんはじっと俺を見て、ふわっと優しく笑う。隣の剣城の顔が本気でひきつってるけど。
剣城が言ってくれないかな、って期待こと、さっきから全部優一さんが言ってくれるなぁ。
お陰で滅茶苦茶剣城に警戒されてるんだけど、こういうのは逆恨みって言うんだよ剣城。
何回も言うけど色目は使ってな――あれ、俺が優一さんを誘惑するとは思ってないのか。
……じゃあ何を警戒してるんだろう。さっきから俺を見る目に悲壮感が漂ってるんだけど。

「つ、剣城。何かあった?」
「何でもねえよ」

そして剣城は俺を琥珀色の鋭い目できっと睨みつける。

「鈍感」

どっちがだよ。



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