皆が言う。私とストレイボウは友達なんかじゃないって。
友達じゃなくて――まるで恋人同士みたいだって。

恋人?
誰と誰が?
私とストレイボウが?
まさか。

ストレイボウをそんな風に見たことなんてなかった。
確かにストレイボウの事は一番大切だけど、誰より好きだけど。
それがイコール恋愛感情になるんだろうか。飛躍しすぎな気がする。

「ねえストレイボウ、私とキス出来る?」

試しにそう聞いてみる。変な質問をしたっていうのに、ストレイボウは無表情だ。

「……場所による」

うん、それもそうだ。場所による。
多分されて嫌な気持ちはしないだろうけど、素直にイエスとは言い辛い。

ストレイボウと目線を合わせて、じっと見つめ合ってみた。
海の色のように真っ青な目が私を捉えて、それからそっと伏せられる。
それが合図になる。唇を合わせて、息を止める。
触れ合った暖かさが、どこかくすぐったい。
唇を離す。ゆっくりと海色の目が開いて、私をじっと見つめる。
私はストレイボウの髪を一房指先に絡ませ、そこにそっとキスを落とした。

「嫌かな」
「別に。ほら、もう一度目閉じろ」
「うん」

促されるままに目を閉じる。指に絡めた髪を解けば、今度はストレイボウが私に口付けた。
唇に唇を押し付けてから、瞼の上にキスが降る。優しくてどこか暖かい。

「お前こそ、嫌か?」
「……全然」

キスするのだって嫌じゃない、けど。

「私たち、ずっとずっと友達だよね」
「お前を放り出すと危なっかしいからな」
「酷いなぁ、もう」

私たちは決して、恋人同士なんかではなかった。



******



※オルステッドが白痴です


「ね、ストレイボウ。私、可哀想なの?」

幼馴染はそう言いながら笑う。
言葉の意味を理解しているのかも怪しくなるぐらい晴れやかな笑顔で、
それはそれは幸せそうに俺に尋ねてくる。

「可哀想なんだって。足りないんだって。何が足りないのかな。わかんないや」

首を傾けて疑問符を浮かべるこいつの顔は、
本当にどこまでも幸せそうで――確かに足りていなかった。

幼馴染は、オルステッドは、今年で14になる。
俺と同い年の、子供のころからの付き合いなのに、こいつの心はまるで成長しない。
心、というのは少し違うのかもしれない。
オルステッドは、何度教えても読み書きが覚えられなかった。
それだけじゃない。人の顔と名前を一致させる事だって出来ない。
こいつは俺の名前だってすぐに忘れてしまう。

「私、何が足りないのかな。考えても解らないんだ。
 いっぱいいっぱい考えたんだけど、すぐに赤くなるんだ。
 赤になったら全部わからなくなるの。
 目の前がぐるぐるして、私の中が一杯になっちゃって、
 耳鳴りも止まらなくなって、赤くなって……あれ?」

オルステッドはへらりと笑ったまま、俺に向けて言う。
こいつにとって、俺の返事は重要でないらしい。
ただ言いたい事を垂れ流しにして、要領を得ない話をするだけだ。

「何の話だっけ。赤って、夕日の色だよね。
 夕日、綺麗だよね。それから、太陽」

やがて笑顔は凍りつき、濁りきった瞳が虚空を彷徨い始める。

「太陽、太陽……赤、目の前が赤くて、色が……」

そしてそのまま黙りこみ、暫くしてまた口を開く。

「ね、私、可哀想なの?」

こんな日が、もう10年も続いている。



******


※「夢幻廻廊」パロ
※黒の日2.5日目ぐらい
※黒の日未見の場合は意味が解らない恐れがあります



「おはよう」

私の声がした瞬間に、今まで眠っていたらしいあの子がゆっくりと起き上がる。
そしてふるふると首を振って、私の姿を探していた。

「あはは。私は此処だよ?」

手を伸ばして、そっと頭を撫でてあげる。
そのままぼさぼさになってしまった毛並みを整えていたけれど、
飛び込んできた映像に私は思わず手を止めてしまった。
あの子の鼻先や指先にまた新しい傷が増えていた。
また、消えない傷が付いていた。

「……また、虐められたの?」

あの子は黙っていた。悲しみに濡れた目で私を見たまま、きゅうきゅう小さく鳴いた。
――酷い。
こんなに優しくて、とっても賢くて、本当はすっごく綺麗なのに、
あの人はそんなこの子の全てを疎ましがっている。
嘲笑いながら、この子の何もかもを踏みにじって遊んでいる。
それが凄く、凄く怖くて……だけど、何だかとても悲しかった。
ああ、あの人だけじゃない。プラッカーだってそうだった。
貴方の代わりにこうしてるんだ……ってとても冷たい声で言っていたけれど、
そんなの絶対おかしいよね。
私がこの子を嫌いになるはずなんてないのに、どうしてそんな酷い事をするのだろう。

「……酷いよね」

手を伸ばす。その先に居るあの子は切なげな目で私を見つめる。

「プラッカーはあの人が作り直したり出来るだろうけど、
 あの人もそれに慣れてるのかもしれないけど――君の代わりはどこにも居ないのに。
 こんなことしてたら、君、あの人たちに……」

私は言葉を飲み込んだ。
そんなこと、この子に聞かせちゃダメなのに。不安にさせるだけなのに。

「大丈夫だよ。私は、私だけは君を見ていてあげるから。私が君を守ってあげるから」

あの子は何も言わない。それどころか辛さを、悲しみを全身で訴えている。
ああ、やっぱり君は優しい子なんだね。どうしても嫌いになんてなれないんだね。
でも、そんなの……可哀想すぎて、見ているのが嫌だ。

「君は、何も悪くないのにね」

ふさふさの毛並みに指を埋める。酷い扱いを受け続けていたからか、なんだかごわごわする。
あんなに綺麗な毛づやだったのに、どうしてこんな目に合わなくちゃいけないんだろうね。
私の手すらも怖がってびくびくと震えるあの子の傷は、今更どうする事もできない。
それがただただ悲しかった。



******


「貴様が憎い」

人形はそう吐き捨てる。俺はそれをただ黙って眺めていた。
自分の体の三倍はある巨大な鎧は威圧感こそあれど、俺にとっては何の感慨もない。
人形は殺意や憤り、その他沢山の負の感情を隠さずに居るのに、恐怖は微塵も感じなかった。
感じるとするなら、それは憐れみと羨望だけ。
本来ならば対極にあるはずの思いが、胸の奥で滲んでいた。

「憎い。妬ましい。貴様が何故あの方の意識に入り込める」

あの方。気がふれている人形の主。永遠に紅い世界を生きる魔王。
そして俺が壊したたった一人の幼馴染み。
あいつを示す言葉をぽつりぽつりと呟く俺を見据えながら、人形の呪詛は続く。

「されど貴様らの魂を跡形もなく消したところで、あの方は何を思うだろうか。
 いや、あの方は壊れた人形などに興味を持ちはしない。まして、壊した者の事など」

例えるならば、母を奪われた幼子の声。それとも恋人を奪われた男の声だろうか。
鎧人形の言葉はまるでびっしりと棘が敷き詰められているかのように、
俺や他の誰かへの憎しみと妬ましさに溢れていた。
どうもこの人形は、俺が羨ましいらしい。
あいつの意識を僅かでも支配できるのなら、それが好意でなくても構わない。
憎しみでも何でもいいのだ。あいつを繋ぎとめられるなら、喜んで重荷になるだろう。
あいつから与えられるものなら痛みでも構わない。甘やかな笑顔じゃなくたって享受する。
それは忠義と呼ぶにはあまりに盲執的過ぎる気がした。いっそ憐れに思うほど。

けれど、羨ましかった。だって人形は素直だ。
主人の一番になりたい、主人の視線を逸らしたくない。全身でそれを表現できる。
俺は出来なかった。知らなかったし、知っていたとしてもきっと押し殺した。
俺のことだけを見て、なんて女々しい願いを、どうして口に出せるだろう。
言っていれば何かが変わったんだろうか。
もしあのとき口走ったのが毒じゃなくてもっと甘い何かだったら。
それこそ、置いていかないでと。どんな理由だって構わないから、側に居てほしいだとか。
この人形のように必死に叫んだなら、もっと違う何かが待っていたんだろうか。
今あいつがこの人形に求めているもののように、唯一の寄りどころになれたのだろうか。

「……憎い。憎いさ。妬ましいさ! 俺だって――俺だって、お前なんか!」

この人形に、あいつは我が儘ばかり言う。無理難題ばかり押し付ける。
それは絶対に裏切らない事を、自分に従順である事を。
そして何があっても、自分の味方でいてくれる事を確かめたいから。
俺にはそれが羨ましかった。
必死にあの人形の心を求めているということを示す我が儘が羨ましかった。

「お前は俺の何が羨ましいと言うんだ。こんなのただ辛いだけだ。
 今のあいつが俺に求めてるのはただの暇潰しか戯れ。それだけの事。
 俺の存在なんて宙に浮いたままだ。確固たる物など欠片もないのに!」

俺だって、俺に対してもっと必死になって欲しかった。
どんな方法でもいいから、目に見える形で俺を求めて欲しかった。
俺の事だって、あの姫のように――

「ああ」

なんだ。簡単な事じゃないか。

「そうだ。羨ましかったんだ。俺はお前より何より、姫が羨ましかった」

あいつが人形を繋ぎ留めようとするのは、姫が離れていった事が忘れられないから。
あいつが俺に何の思い入れも抱かなくなったのは、俺があいつと姫を引き離したから。
あいつが壊れたのは、目の前で真紅に染まる姫を見たから。
壊したのは俺じゃない。
求めてるのは人形の心じゃない。
あいつは今も、ただただ姫を。

「なんだ。俺もお前も、無い物ねだりか」

人形の姿は相変わらず哀れだった。
同じくらい、人形が見る俺も哀れなのだろうと思った。



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