好きとか嫌いとか最初に言い出したのは誰なのかなんてのは非常にどうでもいい事で、
その辺りを深く追求するのはどこぞの才色兼備な美少女に任せておくとしよう。
起動直後に熱唱しながら疑問を提唱してるんだ、そろそろ結論が出ても良い頃なんじゃないかね。
ともあれオレが言いたいのは好きとか嫌いとかの話でもなければ藤崎詩織嬢の安否でもない。
要は、どうして人はたった二文字が言えないのかって事だ。

少なくとも家族や友達に対しては平然と吐ける一言であるはずなのに、
本当にその思いを伝えたい人の前では自然と声が詰まってしまう。
最も、臆面もなくいえる人種ってのも居るには居るんだけどな。
全く羨ましいもんだね。恥ずかしい奴だ、と思う気もしなくはないけどよ。

どれほど大切に思っていても、口に出して伝えられないんじゃ意味がない。
まあ、好きな相手がオレみたいに人の心が読めるってんなら話は別だけど、
こんな能力を持ってる奴なんて滅多に居ねえだろう。
それに、心を読む程度の能力があっても聞きたいもんは聞きたいからな。

「アキラ殿の望みとあらば幾らでも言うでござるが」

ああ、いいから黙って聞け。まだ話は終わっちゃいねえ。ついでにオレは男だ。

「むう」

で、何だったっけか。そうそう、思ってるだけじゃ何にもなりゃしねえんだ。
だが言えない。この辺りが人間のどうしようもなさであり、また面白いところでもある。
しかしだ、この好意を伝える一言も、ただ嬉しいばかりではない。
生理的に受け付けない相手から言われたり、あまりに熱がこもり過ぎなのは正直迷惑だ。
心を読まずとも伝わってくる最早執念に近い愛情は恐怖と嫌悪を募らせるだけであり、
最悪ただの嫌がらせと取られてしまう事も――

「あの、アキラさん」
「っだーもううるせえな! 人が話してる最中にいちいち茶々入れるんじゃねえ!」
「思わず哲学的になってしまう気持ちは解りますけど、結局どうするんですか?
 まだ探索途中ですし、いつまでもこの部屋にいる訳は――」
「嫌だ! 進んでも戻ってもあの肉ダルマとそこの変な忍者に愛を囁かれるんだろ!?
 これで進めってか、いーや『限界』だ! 立ち止まるね!
 どうせ鳥肌立てる羽目になるなら被害は最小限にだ、先になんて進まねえよ!」

その後キューブからのゼロ距離メーザーカノンを受けるまでそこに立ち尽くしていたんだが、
このダンジョンで受けた精神的被害を考慮すればオレがこうなるのも無理はないだろう?
だからそれについて反省もしていなければ謝罪するつもりもない。絶対にだ。



******



「拙者は、忍びでござる」

そんなの知ってる。と言うより、見りゃ解る。
今時珍しいステレオタイプの忍者だ。いや、忍者に今時もクソもねーけどさ?
とにかくお前が忍者だなんて、あの脳筋ですら見ただけで解るもんだ。
オレが解らない訳がねーだろ?

「……忍びとは、何よりも主の命を重んずるもの」

そんな事も重々承知の上。
何事にも自分最優先な忍者なんて誰が重用するってんだ。

「そう、何よりも。例え何が引き換えとなろうとも、主様に尽くすのが定め」

そんな事だって知ってるさ。

「だから――」
「応えられないってんだろ? 別にいいんだよそんなことは。
 オレはただ、お前に知っておいて欲しかっただけ。期待なんて最初からしてねーの」

性分の問題で、黙ってなんていられなかった。
ただそれだけの事だった。別に、だからどうこうしたい訳じゃなかった。
コイツが一番に優先するのが『サカモトサマ』らしいことも知ってたし、
そもそもオレもコイツも野郎だって時点で望みなんてもんはハナからない。
とりあえず「好きだ」と言いたかっただけなんだ。

「ま、そんだけの事だ。じゃ、とりあえず帰――」

踵を返そうとした瞬間、急に息が苦しくなった。
どうも、マフラーが引っ張られて首が締まっているようだ。

「お、おい!? 離せよ、どこ掴んでんだお前!」
「……何故」
「は?」

振り返るものの、アイツはいつも通りの無表情だった。
ただ――目が泳いでいる。
青い光がオレと地面とを行ったり来たりしながら、ちらちらと彷徨う。

「……拙者は忍びで、何よりも優先すべきは主様で。
 それなのにアキラ殿は土足でづかづかと踏み荒らして」
「おぼろ丸?」
「それなのに――そう、アキラ殿は少し勝手すぎる!!」

叫ぶように言い捨て、アイツは強く地面を踏み鳴らした。

「あんな風に言っておいて、なのに知って貰いたかっただけなど!
 そんなの、一方的過ぎて――」
「あ、あのさ」
「……どうして、どうしてアキラ殿は」

困惑と羞恥で揺れに揺れている眼差しが、オレを貫いた。

「一番目に、入り込もうと――」



******


アイツは逸るオレなど知らんぷりで脱いだ服を一々綺麗に畳んでいく。
そんな事は後でも良いだろうに、何でこう律儀なのかね。
いっそ無防備なその背中に、指をつうと走らせてやろうか。
ま、十中八九途中で気付かれて捻られるんだろうけどな。

そんなこんなでオレはぽつんと放置されていたのだが、
気が付けば何故かアイツは上着だけは畳まずに袖を通していた。
形容するならば裸エプロンならぬ裸上着だ。

「……何だよそのカッコ」
「普段のアキラ殿とそう変わらないかと」

オレはいいんだよオレは。一年365日、つったら語弊あるけど大体そんな感じなんだから。
でも普段のコイツはがっちり着込んでマスク付けてマフラー巻いて……と、
代金を余分に請求されそうなくらいの過剰包装っぷりだ。
それがこんな薄っぺらい上着一枚までランクを下げるなんて、
随分とまあサービス精神旺盛になったもんじゃねえか。
でも、そこまで脱いだなら全裸になっても同じじゃないのか?

「……それは」
「恥ずかしい、ってか?」
「むう」

つくづく思うんだが、お前は生娘か何かか。
これからオレを抱くってのに、お前が可愛らしい反応をしてどうする。
ここは思わずオレが顔を赤らめる様な男らしさをだな――

「でも、アキラ殿はこういった趣向の方がより一層欲情されるのでござろう」

……いや、それは否定しないけど。
いくら考え事をしても、さっきから上着の隙間をちらちらと眺めてしまう。
細っこいわりに意外とがっしりしている胸板だとか、普段は見えない首すじだとか。
オレみたいに貧相じゃない分、見つめてみたいって気持ちにどんどん傾いていく。

「何だよ、前はいちいちテンパってた癖に。今じゃすっかりしたり顔だもんな」
「それは拙者ではなく、アキラ殿の所業」
「悪かったな」
「責めたつもりは……しかし、そう言われるのなら」

ビードロのような瞳がオレを捉え、近づいてくる。
――吸い込まれそうだ。
そう他人事のように思ったときには、既にオレの唇が柔らかい何かに覆われていた。

「責任を取れば良いだけのこと」

触ってみたらひんやりとしていそうな無表情で、おぼろ丸はそう告げる。
オレは何とも言えないような気分になりながら、そっとキスを返してやった。



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