心に振り回されるなど、酷く滑稽なものだ。
確かな力があれば感情に振り回されなどしない。
『気持ち』など、己の弱さの象徴でしかない。
絶対的な力の前には無力だと、そう思っていた。


「……僕に勝てたから、何なのさ」

血の池に沈んだままの小僧が鼻で笑う。
小僧だけではない。踏み越えてきた屍が、俺を取り囲んで笑う。

「お前なんか……高原の、足元にだって及ばないよ」

体中の穴という穴から血を噴き出し、あらゆる骨が砕け、四肢が曲がり、顎が合わずとも。
それでも尚、奴らは笑う。馬鹿の一つ覚えのように『タカハラ』を呼びながら。

「いい気に、なればいいじゃん。お前なんて、高原が――」

言葉は続かなかった。


何故?
首を握り潰しながら、何度も何度もそう呟く。
圧倒的なまでの力の差を見せ付けられて、どうしてそんな風に笑っていられる。
そこまで『タカハラ』は強いのか。
止めすら刺せない弱者だろうに、何が奴らをそこまでさせるのだ。
俺の力に絶望しないどころか、死して尚俺よりも『タカハラ』が強いと言う。
俺は勝った。確かに勝った。
けれど、物言わぬ六つの死体は俺を取り囲みくつくつと笑うのだ。
何がおかしい。何が違う。
差を目の当たりにしても、どうしてまだ力強く何かを信じられる。
これではまるで、

「――なぁ」

俺が負けたような、


「奴らが『憎い』か?」

空から、血染めの羽根が舞い降りた。



******



「プロフェ」

「ジャギィ」

「フィオ」

私の声はただただ闇に融けるだけ。
返事が返って来なくなったのはいつからだろう。
いつだって直ぐに現れた。直ぐに私の隣にきてくれた、私に何より忠実な人形たち。
彼らの声が届かなくなったのは、いつからだっただろう。

「……プラッカー」

黒の世界では私の声など響き渡りすらしない。同じように黒に染まって消えるだけ。
私の声は届かない。何処にも誰にも聞こえない。

「プラッカー」

もともと無かった。私には何も無かった。ゼロはゼロのまま動かない。
最初から何も無いのだから、私の手には残るものなど何もありはしないのだ。

「プラッカー」

私の世界には何もなくて、そこはずっとずっと暗闇に閉ざされていたのだ。
人形を抱える事すら許されない、終わり無き永遠の黒が広がっているだけで。

「プラッ……」
「人形遊びは終わりのようだな」

黒の中に、私以外の点が一つ。
白黒の男が腕を組んで私を見つめている。見据えている。

「……人形に出来る事など、何もなかった」
「ああ」
「期待や希望に意味はない。それを忘れていた私が馬鹿だった」
「ああ」

黒が晴れる。裂けた闇の向こうから人影が近付いてくる。
先刻私から逃げて、私の人形を壊した人間達が再び近付いてくる。

「私はそれを教える為に居たのに」
「そうか、なら精々俺を楽しませてくれ魔王様」

背中から、声が届く。

「奴は俺にとっても目障りだからな」
「……貴様の為には動かん。あくまで私の為にだけ、だ」
「結果が同じならそれでも構わんさ。期待しているぞ、魔王様?」

人間風情が偉そうに。一体何様のつもりなのだろう。
手を握る。握り締める。四散した闇の向こうで蠢く人影を見据える。
もう手に人形はない。
あるのは憎しみと絶望だけ。
私はただ、それだけの為に。



******


※PCゲーム「ゴア・スクリーミング・ショウ」パロ
※元ネタR-18注意



それは酷い見世物だった。
ほんの小さな歯車の狂いで起きた惨劇。散々祭り上げた末に全てを剥奪された男の話。

「我が名は――魔王、オディオ」

やがて悲劇はその一言で締めくくられた。
広がる世界は元の殺風景な暗闇。血肉腐臭の断崖絶壁とどちらがマシなのかは解らないが。

「……あれがお前の過去とやらか」
「酷い物だな、人間のする事というのは」

俺もまたその人間であることをお構いなしに、魔王は恨み言ばかりを募る。
汚い、醜い、賤しい――果てる事のない憎しみの言葉ばかりがすらすらと述べられる。

「しかし、あれを俺に見せてどうするつもりだったんだ?」

まさか同情でもされたかったのか。
そう尋ねると、魔王は表情を氷のように冷ややかなものにする。

「……貴様は一体何を見たのだ」
「可哀想な魔王様の過去とやらを」
「節穴だな、貴様の目は」

魔王の指先が輪を描く。すると輪の中には、先程の惨劇の様相が映り込んだ。
友と女の死骸。全てに裏切られ、震えるだけの男。魔王の過去の姿。
それを血よりも紅い闇色の目で見据え、魔王は言う。

「何よりも愚かで、何よりもおぞましいのは――この男だろう?」

魔王の瞳に映るのは、血の海に沈んだまま立ち尽くす男。

「人間などを信じて、汚れを知らないからと馬鹿の一つ覚えで走り抜ける。
 何もかもから目を逸らして前だけを見てそれが正しいと言い張って――
 やがて下らない幻想ばかりを追い、それが虚構だと知り膝を折った愚かな男」

輪の中の景色が歪み、砕け散る。

「嫌い。人間だけじゃない。皆嫌い。その中でも私が一番愚かで、汚くて、醜くて……
 私は私が一番嫌い。私は、私が一番許せない!」

絹を裂くような叫び声だけが、闇の中に響き渡った。



******


「要するにあれだろう? 貴様は私に勝ちたかったんだろう?」

「藪から棒に何なんだ」

「おい、何故いきなり縮こまる」

「出会い頭に毎回と蹴り飛ばされてれば嫌でもそうなるだろうが!」

「貴様の事情はどうでもいい」

「なら聞くなよ!?」

「とにかく、私に勝ちたかったんだろう?」

「…………」

「何を押し黙る必要がある。折角叶えてやろうと思ったのに」

「は?」

「勝たせてやる。それが貴様の望みなのだろう?」

「おい、一体どういう――」

「ギャフン」



「何だその顔は。不満でもあるのか。
 それは大変申し訳ございませんでしたストレイボウ様」

「無表情で言われて満足するか!」

「……ストレイボウ、本当にごめんね?」

「こういう時だけオルステッドぶるなよ!?」

「私、いっつも君にボロ勝ちしてたもんねぇ。
 でもでも悪気なんてぜんっぜんなかったんだよっ、
 それに本当はストレイボウの方が凄いんだって私はちゃんと解ってたしぃ」

「どっちみち嫌味言ってるだろうがお前!
 あと無駄に声色甘くするなそんなキャラじゃなかったぞ俺の知るオルステッド!」

「ああもう貴様は一体私にどうして欲しいんだ!」

「正気に戻って欲しいに決まってるだろこのスットコ大馬鹿野郎があああ!!」



******


「久しぶりだな、勇者様よ」

一面に広がる赤の中で、アームストロングは立ち尽くしていた異形に問い掛ける。
異形の体つきはヒトのそれではあるものの、両肩と腰からは禍々しい鮮血色の羽が生えている。
何よりも左半身、袖口から見える腕は漆黒の鱗でびっしりと埋め尽くされ、
べっとりと血に染まった鈍く光る巨大な銀の爪があった。

「……」
「お前さんが魔王ねえ。あんだけ持て囃してた癖にアイツら意外と解ってねえな。
 お前みてえな脳天気で極楽トンボな野郎が狙って王なんか殺せるかよ」

瞳孔の開ききった左右の赤い目が、ちぐはぐな色でアームストロングを見据えている。
虹彩異色症とも違うその瞳は、左だけが冷たく鋭く、より動物的な輝きを宿している。

「殺したかも、しれないよ」

そう言いながら、異形は久しぶりに笑ってみせた。
笑うのがあまりに久々だったからか、その表情はかつての異形とはかけ離れていたが。

「それはアレだろ。騙されてたんだろ」
「どうだったかなぁ」

音もなく近寄って、異形は男の喉元に爪を添える。
ほんの少し力を入れただけでその喉がかき切れるように。

「同じことなんだよ、きっと」

異形は最後の瞬間、かつての面影を乗せた寂しそうな笑みを浮かべた。
けれどその表情は真っ赤な飛沫にかき消されて、誰の目にも写らなかった。

「でもね、面白かったから君には名前を付けてあげようかな。
 足は……いらないか。ここから動かないもの」

“人形”になってしまった男の両足が、蛇のように一本に繋がる。蛇腹が刻まれる。
そうして無理やりに繋げられた下半身に続き、上半身が異形への変化を始めた。
耳、鼻、目、口、髪の毛の一本に至るまでが姿を変える。形を変える。

「全部全部忘れて解らなくなって、壊れて、崩れちゃって、そして生きていくの」

ようやく笑い方を思い出したのか、異形はくすくすと無邪気な笑みを零す。

「全部忘れさせてあげる。その代わり、ちゃんと生きてね? 『アポフィスフィオ』」

何もかもが壊れた人形をぐりぐりとブーツの爪先で踏みにじりながら、
異形はちぐはぐ色の目を輝かせていた。



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