「認知しろ」

そう言って人の頭ほどの大きさがあろうかという白い塊を差し出された瞬間、
私は迷うことなくその塊に手を振り下ろそうとし、そしてそれを背後の二人に阻まれた。

「ソウズ! マンズ! 離せ!!」
「往生際が悪いですよリー様」
「早く認知したらどうですかリー様」
「貴様ら本気で面白がっているだろう!」

左右双方向から湧く声と腕を振り払い、目の前の悪魔を睨み付ける。
奴はいつもと変わらず、負の方向にしか変化しない氷のような表情を浮かべていた。
そして黄昏よりも暗い眼差しを白い塊に向け、何度もそれを撫でる。

「冷たい父親だな」
「誰がだ。何のだ」
「貴様がだオディワン・リー。貴様が、この卵の父親」

目眩がした。

「……それはあの恐竜の卵じゃないのか。貴様の配下の」
「貴様はあの子にまで手を出したいのか穢らわしい。寝言は私を倒してからにしろ」
「出すか! 寧ろ非常食にされかけたわ!! お前はあれの父親か!」

ああ、果たして私は今日1日で何回叫ぶ羽目になるのだろう。
魔王の配下の恐竜に頭から噛みつかれた記憶を辿りながら、
私は脱力しきった体をマンズとソウズに預けた。

「お気を確かにリー様。油断されているようなら殺しますよ」

仕事するなら仕事するで空気を読んで貰いたい。
否定するのは諦めた。忌々しい白い球体を見据え、私は言う。

「……何故卵なんだ」
「見た事があるだろう」

奴が言っているのは、あの異形への変貌の事だろうか。
血の色をした目はそのままに、黒い龍へと変化したあの姿。
そのままの方が威厳が出て良いんじゃないか、と言ったら噛まれた覚えがある。
とにかくこいつは半人半龍の化け物だった。私はどうにも爬虫類と相性が悪いようだ。

「……忘れた訳ではない。どうやって産んだ。何故孕んだ。そういう話だ。
 お前はあれか、腸の途中に子宮がある奇形なのか」
「言わせるな。減るだろう」
「柄でもないのに恥じらうな気色悪い」
「ふん……人間風情の規格で私を語ると不足が出るだけの事だ」

ふんぞり返った魔王は、それでも愛しげに卵を抱き寄せて足を組み変える。
その様子をじっと見つめ――いや、睨んでいると、右から淡々とした声が聞こえてきた。

「時にリー様」
「何だ」
「魔王殿の身体構造に関する質問しかなされてませんが、
 父親が自分であるという前提を否定されはしないのですか?」

時間が止まる。

「お心当たりは」

左からは鋭い声が降りかかる。双方向から突き刺さる視線は、ひどく冷たい。

「……有り余るほど」

あの時か。それともあの時か。残念ながら心当たりしかない。
左右の腕を掴む暗殺者の目が、より一層冷たく、鋭くなった気がした。

「ほら、父の姿を見せてやれ」

魔王は真っ白な卵を私の眼前に差し出し、唇を三日月の形にして笑う。
笑顔を浮かべるなど珍しいこともあったものだ、とぼんやり思った。
そう、こいつが笑うのはあの『家畜』とやらを虐待している時か、
『家畜』に対する新たな嫌がらせを考えている、もしくは実行している時か、
寒気すらするほどに愛想よく『家畜』に話しかけている時か、
もしくは『家畜』が――いったい魔王に何をしたんだ、『家畜』。
とにかく、今こいつは私に向けて笑顔で卵を差し出している。
私に出来ることは一つだ。ソウズとマンズの手を振り解き、卵に手を伸ばす。
すべすべとした表面を指でなぞり、私は、

「狂狼拳!」
「あ」

迷わず卵を粉砕した。

「……きゅい、きゅいきゅいきゅい!」

卵の中から出てきたのは、卵に体と手足と顔がついた、水玉柄の気味悪い生き物だった。
顔が青い。酸欠寸前だったのだろう。
この魔王様に空気穴を作ってやれるだけ頭は無さそうだからな。

「ポルカドット……可哀想に。怖い思いをしたな」

誤解のないように言っておくが、そいつが震えているのは酸素不足が原因であって
私が卵を割ったからどうこうという問題ではない。
だが魔王は溜め息をつき、気色悪い生命体を抱き締めながら私を見据える。

「しかし、気付いたのか。つまらない男だ」
「心苦しい限りです、魔王殿」

お前らは誰の部下だ。
私は思わずかしずく暗殺者2人を睨み付けた。無視されたが。

「生憎だが。貴様が笑うのは大概が下らん思いつきをしている時だと知っているのでな」
「大変だったんだぞ、綺麗な卵形に成形するのは」
「押し込められたその水玉柄の気色悪い何かの方が大変だったと思うが?」

今も首が締まっているようだしな。強く抱き締めすぎだ。
半人半龍の力加減はどうも大雑把なようで、何度か川を渡りかけた覚えがある。
……何で私はこいつの相手と世話をしているのだろう。

「はぁ……期待外れだな。次はもう少し面白い対応をしてくれ」

魔王はまた足を組み変え、仏頂面で私を睨み付けている。
お前も卵と同じ末路を辿りたいのか、とは言わなかった。
こいつがここで龍化した場合、私の部屋が破壊し尽くされるからだ。



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