僕の下で、高原の体がピクリと震える。
変なの。まだ、上着のファスナー開けただけだっていうのに。
――いや、だけじゃないよな。改めて考えたら結構なことしてるよ。
一枚一枚剥いでいくだけで、僕らの距離は確実に縮まっていく。
唯でさえ目と鼻の先まで迫っているのに、それよりも更に近付くのだ。
そりゃまあ、嫌でも震えるさ。

「怖じ気づいたのか?」

顔を上げれば、高原はいやに冷め切った表情で僕を見下ろしていた。
さっきの震えはどこに消えたのやら。何だよ、神妙になった僕が馬鹿みたいじゃないか。

「……せっかく優しくしてあげようと思ったのに」
「ああ?」
「覚悟しとけ」

こうなったら、意地でも泣かせてやる。
僕は一人ほくそ笑むと、眉をしかめた高原の頬にそっと唇を落とした。
擽ったそうに目を閉じるのが、可愛くってしょうがない。
いや、僕が組み敷いてるのはガタイの良い筋肉質の男なんだけどさ。
恋は盲目、痘痕も笑窪。素直にそれを伝える気は毛頭ないけど、可愛いって思うのは本当。
頬から首筋へ、そこから鎖骨へ。
唇を滑らせながら、時折強く吸いついたりもする。
だけど、その皮膚に赤い痕が残ることはなかった。

「えー、つまんないな……キスマーク付かない」
「馬鹿野郎。付いたら騒ぎになるだろうが」

ちょっとだけ想像してみる。
試合中でも終了後でもいい。とにかく、カメラが高原をアップで捉える。
全世界に中継されるその映像で、高原の首筋に鮮明に浮かび上がるキスマーク……

「良いじゃん、正直に言っちゃえば。可愛い飼い猫に噛まれましたーって」
「言えるか! ……っつーかそれ、自分で言ってて寒くねえのか」
「うん、君の反応が冷たくって心が寒いよ。暖めて」
「……お前、は」

高原は頭を抱えていた。これ以上何か言っても、口では勝てないのを察したみたいだ。
僕だってあんまり頭は良くないけど、それでも高原よりは良いつもりだしね。

「なら、やり返す」
「ん?」

良い気になってて、ムッとした表情に気付けなかったのは誤算だった。
高原の手が僕の頭に伸びてくる。それから、パチリと音が鳴った。
それが何の音なのか察するよりも早く、はらりと黒い束が視界に降りてくる。
――髪だ。
ふと目線を上にずらすと、アイツの手には僕の髪飾りが握られていた。

「仕返し、これだけ?」
「俺がこれで終わる男だと思うなよ」
「じゃあ楽しみにしてようかな」

言いながら、もう一度唇を高原のそれに押しつける。
特に大きな抵抗もなく、僕らはそのまま舌を絡め合った。



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