※オディオ様が女の子
※正気に戻りそうになるとセキュリティ発動して意識が落ちる、という妄想


「いっ……嫌、嫌ああああああああッ!!」

魔王は絹を裂くような絶叫を上げた後、手近な花瓶を私の方へと投げつけた。
半龍化している左手ではなく、右手で投げられたのがせめてもの救いだろうか。
とは言え人外が全力で放り投げた物だ。
それは人知を越えた凄まじい勢いで私の眉間を狙って吹っ飛んでくる。
紙一重で避けた花瓶は、ほどなくして壁に叩き付けられ無数の破片になった。
つまり、壁にぶつかる程度の高度を保ったままだった。
参考までに言うが、今魔王が居る寝台から壁までにはあの馬鹿でかい机を挟んでいる。

「私にそれ以上近付くな。気色悪い人間臭い汚らわしい忌々しい胡散臭い!」

魔王は息継ぎすらなくそう吐き捨て、今度は手頃な本を握り締める。
それは読み終わっていないから、出来れば投げるのは勘弁して貰いたかったのだが。

「何故生娘みたいな声をあげる。魔王なら魔王らしくしゃんとしていろ」
「魔王が関係あるか! き、さまは、私で一体何を――」

寝台に乗り上げると、魔王は反射的に身を引いていた。
それはつまり壁に向かって進んでいるという事だ。
知ってはいたがこの魔王は、最早致命的とも言える領域で頭が足りていない。

「何を、か。男と女が密室に居て、寝台の上。する事など一つだろう?」
「な、おい待て、近い! 顔が近い!!」

抵抗の瞬間、咄嗟に右手を突き出しているのもどうなのだろうか。
利き腕が右なのは解る。解るが、左半身に眠る龍の力は飾りなのか。
右で腕相撲をした時に私が勝ったのは忘れたのか。
左でやった時は、そのあとソウズとマンズが大爆笑する事態になっただろうに。

「や、やめろ……吐く、本当に吐くんだ! それ以上近付くな。
 お前のベッドに吐瀉物が撒き散らされるんだぞ、解ってるのか」
「そうか。だったら洗うか新品に交換してくれ」
「……嫌、嫌、嫌っ……あああああ本気で嫌なんだあああああああッ!!
 父さん、父さん助け、嫌、母さん、プロフェ、プロフェプロフェっ、
 この際プラッカーでもいいから助け――ひっ」

過去から今に至るまでの家族構成が駄々漏れになったな。
しかし、こいつは本当に魔王なんだろうか。
貞操の危機によりによって飼い猫の名前を連呼するのか。
この女は何かもっとおぞましい何かに魔王の役を押し付けられただけで
実際には魔王などやりたくもない普通の女なんじゃないだろうか。
化け物以外の何物でもない羽根だの龍化した姿さえ見なかった事にすれば
それが真実なのだろうと思えるのだが。

「いい加減覚悟を決めたらどうだ?」
「嫌、嫌ッ……助け、嫌、やだっ、ストレイボウ!」

すと、れ……何だ?
初めて魔王の口から飛び出した人間(らしき)名前に、思わず手が止まる。
魔王は完全に自分の殻に閉じこもっているようで、
私の顔など見もせずに何かを呟いていた。

「助けて、助けてストレイボウっ、ウラヌス様、ハッ、シュ……さ、あ」

ふと、魔王の様子が変わる。

「あ、う、あ……すと、れい、ぼう?」

深紅の目からは光が消え失せ、どこか虚空を見つめている。
私を見ていないどころか、何も映っていない。

「うら、ぬす、さま。はっしゅ、さま……」

魔王は無心で何かを呟いている。
それは人の名前のようにも聞こえるのだが、何せ魔王は異国の存在だ。
正しい響きが何なのかすら解らない以上、何とも言えない。

「――知らない。解らな、あ、う……」

瞳孔の開き切った眼が伏せられたかと思うと、魔王は突如その場に倒れ込んだ。
何だこれは。据え膳か。据え膳なのか。
状況は全くもってよく解らないが、これは遠慮なく頂く事にしようか。
倒れた魔王の投げ出された足へと手を伸ばす。
半龍としての要素は顕在化していないからか、その肌は女らしく柔らかい。
意識を失ったままの魔王の黒い衣類と太腿の隙間に手を滑り込ませる。
瞬間、その背後の時空が歪む。何が起きるのかは知れた事だ。
歪んだ空間から、切り裂く様にして巨大な西洋鎧の怪物が現れる。
『この際』で片づけられていた、魔王の操り人形が。

「――ヘッドプラッカー、だったか。何の用だ」
「オディオ様から手を離せ、この下衆!」

巨大な直剣が鼻先に突きつけられる。
腕に自信はあれど、鋼鉄の剣を相手に生きていられるかは別だ。
仕方なく手を引けば、人形は魔王の体を掻き抱き、その胸の中に収めた。
しかし、それは忠誠を誓う騎士としての行動なのだろうか。
疑問はあれど、今聞くべきはそれだはない。

「おい鎧。スト……なんとかとやらは何者だ」
「……貴様に言う理由がない」
「そうか、なら今度本人に聞いておこう」

私の言葉に対し、人形は背を向けて一言だけ呟いた。

「この方に、答える術などない」

それだけを言い残して、操り人形は魔王ごと闇の中へ解けた。
後に残されたのは、割れた花瓶の破片だけだった。







 

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