あいつの手が、確かめるように私に触れる。頬、首、肩、ゆったりと下へ下へ向かう。
剣でもって握ってるときみたいな真剣な顔をしながら、意志を持って私に触れる。
今更ながら私は凄い事をしてるんじゃないか、と不安になった。

「ストレイボウ?」
「……」

手が止まる。丸くて大きなエメラルドの目が、キョトンと私を見つめている。

「大丈夫?」

嫌なら止めるよ、と言外に語るあいつの手に自分の手を重ねる。
大きな手はえらく暖かった。私の手が極端に冷たいだけかもしれないけれど。
それでも私とあいつの手の温度差は、この状況が夢ではないと伝えてくれる。
ただただ、実感だけがなかった。

「……怖い訳じゃない」
「うん」
「夢を見てるみたいなんだ」

いつ覚めてもおかしくないような気がして、目を閉じるのが怖くなって、
重ねた手を強く強く握りしめたまま、翡翠の双眸から逃げるように俯く。
あいつは何も言わなかった。ただ、手をぎゅっと握ってくれた。

「ちゃんと現実だよ」
「解ってる。解ってるけど、本当に実感がないんだ」
「うん」

次に目を開けたら、お姫様が好きなお前になっちゃってるんじゃないかって。
また姉弟みたいな関係に逆戻りしちゃうんじゃないかって。
ぐるぐると胸の中で巡る吐き気にもよく似た妄想が、行き場を失ったまま騒いでいる。
何も言えないでいる私の手を握り締めたまま、あいつがやんわりと笑った。

「私、消えたりしないよ?」

手をぐいっと引っ張られて、そのままあいつの左胸に押し付けられる。
そこはとく、とく、と規則正しく穏やかな音を立てていた。

「お化けだとか夢だとかだったら、きっと音はしてないって思うな。ね、現実だろう」
「……随分平然としてるんだな」
「え」

あいつの鼓動は乱れてもいなければ早鐘を打つわけでもない。
私は今にも心臓が破裂するか壊れてしまいそうなのに。
妙に悔しくなって、繋いだままの手をぐいと引き寄せ、自分の胸に埋めてやる。

「え、ちょ、ちょっと、ストレイボウ!?」

今更慌ててどうするんだ。だいたい、これからもっと凄い事になるんじゃないのか。
溜め息をついて、抱き寄せるみたいに手を自分へと押し付ける。

「……解るだろ」

うるさいくらいにばくばく鳴り響く左胸に、布越しであいつの手が置かれている。
その事実が更に恥ずかしくて、余計に激しく脈を打つ。

「お前は少し、私を省みた方がいい。お前の中の私はちょっと豪胆すぎる」

実際はそこまで図太くはないし、色々思うところだってあるのだ。

「……うん。何だろう、実感ないのって私の方だったのかな」

若草色の目が私を見つめたまま、ぐっと距離が近付いてくる。

「覚めなかったらいいな」

離れた手が、私の両肩に乗せられる。どんどん距離は縮まっていく。
逃がさない。
絶対に逃がすものか。お姫様にだって、いっそ魔王にだって渡してやるものか。
そんな思いを込めて、あいつの肩に手を回した。離さないように、離れないように。





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