※アキラとおぼろが女の子で、レイが男の子です



ひらひらと目の前で揺れる黒いマフラー。
それはさながら猫じゃらしのようでもあり、
機嫌よく振られている犬の尻尾のようでもあった。
青年は、まるで誘われたかの如くそれに手を伸ばす。

「――いっ!?」

瞬間、上がる悲鳴に止まる足並み。
突然の奇声を耳にし、前を歩いていた二人も思わず振り返る。

あ、やばいかも。

青年がそう思って手を離すも、時既に遅し。
次の瞬間には、耳をつんざくような怒声が張り上げられた。

「っこの……レイ! てめえこの野郎、いきなり何しやがる!」
「やー、悪い悪い。目の前で揺れてたからつい」
「あんたは猫か! 首が折れたらどーするつもりだよ!」

ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる彼女を前にしながら、それでも青年はニヤニヤと笑っている。
その余裕ぶった素振りが気に食わなくて、彼女は思い切り青年の足を踏みつけた。

「だッ!? てめえこそ何しやがんだよ!」
「うるさい! とにかく、あんたのその顔が気に食わない。
 もう少しシャキッとしろシャキッと!」
「お前さ、そのすぐに手を出す癖なんとかした方がいいぜ。嫁の貰い手なくなるから」
「……あ、の、なあ! 今はそういう話してねえだろ!?
 ったく、松みたいな事言い出すなよな」

松?
そのワードを耳にした瞬間、ピクリと青年の眉が動いた事に彼女は気付かない。

――なんだよ、また「松」の話か。

彼女は矢継ぎ早に文句を言っていた。どんどん不機嫌になる青年は気にも留めないで。
どんな文句を言っていたかは耳に入っていなかった。何せ興味がわかないのだ。

――さっきまではオレへの不満だったのに。

そればかりが気になって、意識が全くまとまらない。
彼女の一方的な説教はいつまでも続く。
青年が何も言わないのをいいことに、どんどん言葉を降り積もらせていく。

「あの、アキラ様。その位にしては如何でしょう」

先程まで前を歩いていた少女が、呆れた様な顔で二人を見据えている。
その冷えた眼差しに、熱くヒートアップしていた彼女の心は漸く落ち着きを取り戻した。

「へ?」
「レイ様も、何か思うところがあったと見えますし」

彼女は、慌てて青年に向き直る。
青年は酷く仏頂面だ。先程までの余裕も無ければ、いつもの笑顔も無い。
口をへの字にして、不機嫌そうに足元ばかり見ている。

ああ、そういえば。勢いに任せて、心にもない事を言ってしまったかもしれない。
さあっと、彼女の顔に青が差した。

「ん、あ――わ、悪い! ちょっと言い過ぎた、だからさ……」
「アキラ、お前」
「え?」

見上げた青年の顔は、改めて見ても精悍な物だった。
酷く真剣な、鋭い眼差し。
それを小さな体で一身に浴び、彼女は思わず背筋を伸ばした。

「れ……レイ?」
「やっぱ、何でもねえ」
「は?」

青年は、ついっと自分の横をすり抜けていく。
何か気の利いた皮肉でもその背中にぶつけてやろうか。
そうは思ったものの、結局彼女の口からそれが飛び出す事は無かった。

「男心とはかくも単純なものなのに、この方はそれを解せないという……
 坂本様、世には私よりも心の機微に愚鈍な女が居たようです」

隣に立つ少女の難解な言葉を理解することで、頭が一杯になってしまったのだ。







 

inserted by FC2 system