幼馴染みは剣士で自分は魔法使いだった。
剣士同士や魔法使い同士でない分、こうして二人旅立つ分には丁度いいのだが、
それでもストレイボウの中には割り切れないものがあった。
何せ幼馴染みの天才剣士は、あれでも一応女なのだ。

「ストレイボウ!」

抜刀し、目線だけで語りかけてくるその眼力は確かに戦士の物なのだが、
それ以外はなんてことはないただの少女でしかない。
背だって自分よりずっと小さいし、腕だって自分よりも細っこい。
そこに付いている筋肉の量には雲泥の差があるかもしれないが。

「解ってる」

そんな細くて小さな体で、オルステッドはストレイボウを守っている。
振り下ろされる爪は剣でいなし、返す刀で斬りつける。
ストレイボウへと近付く魔物にはわざと隙を見せて興味を引き、近付いてきたところを一閃。
鮮やかなまでの素早さで敵を翻弄し、次々に魔物を片付けていく。
たまに情けなくなるとは言え、ストレイボウもただ黙って見ている訳ではない。
オルステッドが時間を稼いでいる間に、複雑な術式を組み立て、紡ぐ。

「――真紅の螺旋交わりし時、劫火の抱擁は万物を焼き尽くす!
 逆巻く炎の精霊よ、その力を示せ! 『レッド・ケイジ』!!」

瞬間、爆炎が立ち上る。
オルステッドはひらりと身を翻し、敵だけを炎の檻へと置き去りにした。
業火が作る壁の向こう側から、断末魔の悲鳴が上がる。
やがて火が消えた時には、そこにあった筈の魔物の存在は灰すら残らずに消えていた。

「……ふぅ」

オルステッドは一息つき、剣を鞘に収める。
少女が振るうには大きな剣だったが、腰に下げるにしてもひどくアンバランスだ。
それでもオルステッドは平然としていた。彼女からすれば、何でもないことなのだ。

「ストレイボウ、お疲れ様」
「ああ」

オルステッドがひらりと右手を高く上げる。すぐにハイタッチの合図と知れた。
いつまで経っても子供みたいな振る舞いの幼馴染みに溜め息をつきながら、
ストレイボウもまた片手を上げ――そして、その表情を凍り付かせた。

「オルステッド! 後ろ!!」
「へ」

緩慢な動きで振り返ったオルステッドの小さな体は、
背後に潜んでいた巨大な影の中にそのまま引きずり込まれてしまった。
ストレイボウはその影に見覚えがあった。
この旅のきっかけでもある武闘大会の準決勝で、オルステッドに一刀両断された男。

「お前は……アームストロング、とか言ったか」
「動くなよ」

男は問いには答えず、ストレイボウを睨み付ける。

「動いたらこの女の首が噴水みてえになるぞ」

オルステッドの首筋には、短剣が突き付けられている。
ストレイボウは舌打ちした。
剛腕の名に恥じぬ鍛え抜かれた腕の中に、幼馴染みは閉じ込められている。
動こうが動かまいが、そこから抜け出させる事は不可能なのだ。

「……ええと、一つだけ聞いてもいい? 私、君にこんな事される覚えがないんだけど」

絶体絶命の危機ではあるが、オルステッドは顔色一つ変えなかった。
アームストロングは予想外の反応をとる少女に一瞬たじろいだが、すぐに我に返る。

「こっちはてめえに面子を潰されたんだよ。女に負けたとありゃあ商売上がったりだぜ」
「……ふうん」

オルステッドは興味無さそうにそう呟いて、何も出来ずにいるストレイボウに視線を送る。
対するストレイボウはぴくりと体を震わせた。
今まさに、幼馴染みから何かとんでもない要求をされる気がしたのだ。

「ストレイボウ、やっちゃっていいよ」

予想通りの願い事に焦ったのはアームストロングの方だ。
首筋のナイフを一度オルステッドに見せ付けてから、再度当て直し叫ぶ。

「てめえ、この状況がわかってんのか!?」
「解ってるよ。解ってるから言ってるんじゃないか」

相変わらず平然としている少女に、アームストロングは息を呑んだ。
彼の立てた筋書きでは、少女は涙混じりに魔法使いへ助けを乞うはずだった。
しかし現実はその斜め上をいき、少女は言う。自分ごと敵を焼き払えと。

「だって私、君なんて怖くないもの。怖がってるのは君の方だろう。
 私たちが怖くて、正面から勝負を挑むこともできないんだろ?」

オルステッドは凛とした表情を崩さず、視線だけをナイフに向ける。
それから、ストレイボウをまっすぐに見つめて笑った。

「私が怖いのは、ストレイボウがこんな卑怯なひとの言いなりになっちゃうことの方。
 だから私が怖がる必要なんてない。だってストレイボウは君なんかに屈しないから」

挑発してどうする。
ストレイボウは視線だけでそう訴えたが、あまりに鈍い幼馴染みはその意を介さなかった。

「……このアマっ、黙ってりゃあいい気になりやがって!!」

ああ、言わんこっちゃない。
非常事態だというのにどこか呆れ半分になっていたストレイボウの表情は、
しかしここで再度凍り付いてしまった。

「うあっ」

オルステッドが悲鳴を上げる。少女の頬に走る、一本の赤い筋。
振り上げられたナイフは銀に光る。光を受けて輝く、真紅の雫を滴らせながら。

「へっ、思い知ったか。これ以上顔面ズタズタにされたくねえなら、少し黙ってろ」

眼前にいる男は、苛立ちと焦燥、そして優越感とが混ざり合った笑みを浮かべている。
ぷつりと、何かが切れる音がした。

「――蒼き疾風よ、天より注ぐ一筋の光を纏いて敵を薙ぎ払え!
 吹き荒ぶ風の精よ、唸れ! 『ブルー・ゲイル』!!」

ノンブレスで詠唱されたその魔法は、術者の心境を反映してか間を置かずに発動した。

「え? おい待て、こいつがどうなっても――っぎゃあああああ!?」

青白く光る雷光が、振り上げたままのナイフに直撃する。
それはさながら避雷針の役目を果たしていた。
アームストロングは雷撃に貫かれた衝撃をまともに受ける羽目になったが、
直撃を避けたオルステッドの被害はさほどでもない。
体を走る痛みに怯むことなく、脱力した隙を突いて横へ大きく飛び退いた。

「しまっ――」

悲鳴にも似た叫びが、完全に形を成すことはなかった。
アームストロングの眼前には、無表情で杖を突き付けたストレイボウが立っている。

「おい」

アームストロングの体が硬直する。

「俺の女に勝手な真似しやがった罪を償え、屑。
 炎の精霊よ、こいつを焼き殺せ。『レッド・バレット』」

それ、詠唱でも何でもねえだろ。
アームストロングはそう突っ込みたくて仕方なかったが、
しかし精霊側からすれば問題は何一つなかったらしい。
寧ろ術者の怒りを汲み取ってか、有り得ないほどに強大な炎の塊が至近距離で放たれる。
直撃を避けられなかったアームストロングの体は、一瞬で焼け焦げていった。

「……死んでない、よね」

地べたに座り込んだままのオルステッドが、不安げに呟く。

「死なせた方が世界の為にはなるぞ」
「んー、方向性間違えちゃってるだけなんじゃないかって思うな。この人」

オルステッドは剣を再び抜くと、それを杖代わりにしてよろよろと立ち上がった。
直撃は避けていたものの、やはり体を貫いた痛みは抜けていないらしい。

「君さ、今度はちゃんと正面からかかっておいでよ。
 そうしたら普通に相手してあげるから。ね?」

まるで子供かペットにでも言い聞かせるような優しい口調で、焦げた塊に声をかけた。
別に相手を馬鹿にしているのではなく、心からの思いやりを表現した結果だった。
さぞかしあいつはプライドを傷付けられている事だろうよと、ストレイボウは一人ごちた。

「ごめんストレイボウ、変な手間かけ――いたっ」

ストレイボウは杖をオルステッドの頭に振り下ろした。
急な衝撃に、オルステッドからは悲鳴が上がる。

「この馬鹿! 挑発するならするで相手と状況と空気を考えてからにしろ!」
「ご、ごめん。でも、ストレイボウなら大丈夫かなって思って」
「ったく。顔に傷まで付けやがって」

嫁の貰い手がなくなったらどうする、と言いかけて、その言葉は飲み込んだ。
言ってもこちらのストレスが溜まるだけのような気がしたからだ。
何せこの幼馴染みは極端に鈍いから、余計な説明を何重にもする必要が出るに違いない。
ストレイボウはその代わりとなる言葉を探しながら、小さく溜め息をついた。

「……ほら、いつまでも死体にかまけてる場合か。勇者ハッシュを探すんだろう?」
「そうだった……けど。まだ死んでないと思うよ、この人」

そうは言うが、オルステッドは別に進んでアームストロングを助けようとはしていない。
彼女としても、多少の怒りはあるのだろう。

「殺しておけ。誰も困らんさ。どっちみち、俺もお前も回復出来ないだろ」
「……それは、そうだけどさ」

そうでなければ、今もオルステッドの怪我だの何だのの回復を放置したりはしない。
オルステッドは歯切れの悪そうな顔をしていたが、
結局何も出来ないと知ると申し訳なさそうに笑ってみせた。

「じゃあ、ごめんね? ええと、アームストロングさん」

そしてあっさりと踵を返し、先を行くストレイボウに駆け寄っていく。
それから、小さく首を傾げて呟いた。

「ところでストレイボウ。さっきの詠唱、なんかいつもと違わなかった?
 私、よく聞こえなかったんだけど」
「……あれはまあ、特例みたいなものなんだ」
「そうなんだ。凄いね、ストレイボウ」

何に対する「凄い」なのかはよく解らなかったが、
ストレイボウは幼馴染みの鈍さに少しだけ感謝することにした。







 

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