※ゲームネタです
※スパノバ/ビッグバンクリア後を想定しています
「ということで、瞬木くんを拉致――じゃない。スカウトしてきたよ」
ブラックルームの床に簀巻き状態で転がされている瞬木を指差しながら、
フェイはこの上なく健やかな愛らしい笑顔を浮かべている。
一方で、天馬は爆音を立てながらその場に崩れ落ちた。
「ということで、じゃないだろー!!
ロマンティック天体望遠鏡貸してくれーって言うから何事かと思ったら……!?」
「うん。ちょっとターイムジャーンプ♪ してきて、拾ってきたよ」
「似てない物真似挟んだって誤魔化されないからな!? ま、瞬木、今外すぞ!!」
のたうち回る瞬木のロープを慌てて解き、口に張り付けられたガムテープをべりりと剥がす。
凄まじい敵意の視線が突き刺さってきたが、そこは甘んじて受け止めた。
相手は心を閉ざしていた当時の瞬木だ、ここで疑われるのは当然だろう。
「キャプテン……だよね? これ、どういうことかな?」
口調が現在とは比べ物にならないほど柔らかい。
変貌後の姿を見てしまったあとでは、この時点でなかなかの違和感を覚えてしまう。
一瞬笑いそうになるのを堪えて、天馬は瞬木を見やった。
「俺のことがキャプテンって解るんだ」
「うん、そういう時代から連れてきたよ。サンドリアスからの移動中だったかな?
だから警戒もされなかったし、楽ちんだったね」
「ああ、その時にはフェイとも面識――じゃない!
そんなほのぼのしてる場合じゃない!! ごめん瞬木!」
天馬は反射で瞬木に頭を下げた。
これでこの視線が払拭されるとは思わないし、
感情を動かすような打算を余計に嫌がるタイプの相手だが、
かといって何の謝罪もしないわけにはいかないし自分の気だって収まらないのだ。
「変なことに巻き込んでごめん! すぐに元の場所に戻すよ。
多分、そっちの俺とか神童さんに事情聞いたらだいたい察してくれると思う!!」
「はぁ?」
理解してはいたことだが、明らかな敵意の視線が返ってくる。
まだ本心を見せてくれていない当時の瞬木を相手に無体なことをしているのだから、
この視線の傷みは当然のことだと受け止めつつ、天馬はひたすら頭を下げる。
ここまでの敵意に晒されるのも久しぶりだ。肩がプルプルと震えそうになるのを必死に堪える。
訝しげな黒い瞳をそのまま浴びていると、フェイは不思議そうに小首を傾げた。
「え、戻しちゃうの? 折角だからこのままメンバーとして使っても良いんじゃ――」
「よくないだろ! タイムルート滅茶苦茶になるってば!!
この瞬木持って来ちゃったら、どうやってアースイレブンがサザナーラ超えるんだよ!」
「それもそうか。残念だなぁ」
納得したようにぱちんと指を鳴らし、フェイはへらりと笑う。
セカンドステージチルドレンであったころの記憶を取り戻し、
ある意味でフェイも覚醒したとでも言えばいいのだろうか?
前にもまして無茶苦茶な言動が増えたのはきっと気のせいではないはずだ。
ぺたりと座り込んだまま、はぁ、と肩を落とす。
その様子を、瞬木は冷えたコールタールのような眼差しで見据えていた。
「ねえ、元に戻すとか何とかって、どういう……」
そう問い掛けようとした瞬間に、ブラックルームの扉が開け放たれた。
現れた人影は二つ。それも、室内にすでに存在する人物と姿形が似通っている二人だった。
「フェイ、ご本尊様が気付いちゃったみたいだよ」
「ご本尊言うな」
「あれ? SARUに瞬木くん?」
いかにも面倒くさそうな顔をして、SARUは『ご本尊』を部屋へと引きいれた。
本尊こと『この世界の瞬木』はジャージのポケットに手を突っ込んだまま、
不機嫌さを隠そうともせずに眉間に皺を刻み込んでいる。
そして忌々しげに床に転がされた人物を見やり、嫌悪に顔を歪ませた。
「今思えばさあ、この頃の俺って中二病拗らせてるだけだよな」
「え、もう完治したつもりでいるの? まだ君現役だよ?」
「そこについてはSARUも人のこと言えないと思うけど。
あれだよね。この頃は本来の意味での中二病で、今は邪気眼系」
「お前ら二人ともそこ並べ、一発ずつ蹴り飛ばす」
未来人との煽り合いを繰り返す『この世界の瞬木』を見上げて、瞬木は黒い瞳を見開いている。
当時は誰にも心を開いていなかったのだ。とにかく抑えつけていた。
自分と瓜二つの人間がこんなに気安く誰かに接する姿が恐ろしいのだろうか。
天馬はどうしていいのかが解らず、SARUとフェイを交互に見つめる。
「そいつ、さっさと記憶消して元の場所に戻した方がいいね。
そのぐらいの能力はまだ残ってるし、僕が消してやるよ。いいよね、三人とも」
「残念。戦力になるかと思ったけど」
「ならねえだろ。この頃の俺はソウルも出せないし、本性知った今じゃあ常に腹立つと思うぞ」
冷えた眼差しを突きつけられる瞬木を隠すように、天馬は体を割り入れた。
いくら心を許していない頃とは言え、物騒な話を繰り広げる三名に比べれば、
キャプテンのことはまだ頼れると認識したのだろうか。
瞬木は大人しく天馬の背後に回り、野戦中の兵士のような目をして息を呑んでいる。
「……キャプテン、ほんとに何が起きてるの? 俺に見えるあれは、何?」
抑揚のない声を背中で受け止める。
いくらSARUによる奥の手――記憶の封印という荒業は有れど、
タイムルートを進んで崩すようなことだけはしてはならない。
天馬はごくりと息を呑んで、背後の瞬木へそっと顔を近づけた。
「説明できなくてごめん。えっと……ここは、今より未来の世界で――」
そこまで言ったところで、天馬は自分の体がぐいっと引っ張られたのを感じた。
初めはSARUもしくはフェイが「それ以上は喋るな」の意でそうしたのだと思った。
だが、違った。引いた腕が、そのまま天馬の体を抱きすくめてきたのだ。
「ストップ。相手が『昔の俺』でも、それは顔近すぎ」
とっておきの声を耳元に流し込まれて、天馬の顔がぼうっと紅潮する。
一連の流れを間近で見せつけられた瞬木の表情は、驚愕に歪んだ。
「ちょ、瞬木、状況を考えて――」
「無理。お前もちょっと離れろよ。どうせ『昔の俺』は何とも思わないだろ?」
冷えた黒い眼差しが、天馬を間に挟んで交わる。
疎ましげに自分を見据えるソレを怯えたような目で見つめている瞬木の肩は、
恐怖とはまた別のベクトルでかたかたと震えていた。
「瞬木。そういうこともタイムルートを歪めかねないから、止めてくれない?
アルファとかガンマとかおじさんとかの仕事量が残業確定級に膨れ上がるからさ」
「知らねえよ。元はと言えばフェイが勝手に『昔の俺』を拉致したのが悪いんだろ」
「使えると思ったんだけどねぇ」
状況を読まずに雑談まで繰り広げだす三人の声を聞き流しながら、
天馬は紅潮した顔で茫然としている瞬木を見やった。
黒い瞳は驚愕に見開かれたままだ。自分と同じ顔をした男の奇行を見る目が酷く刺々しい。
「ま、またたぎ……」
「何?」
「あ、いや、お前の方じゃなくて、こっちの――わぶっ!?」
話しかけることすら、『この世界の瞬木』は許容しないらしい。
余計に深く強く抱き込まれて、声をかけることすら咎められてしまう。
「どうせ元の時代に送り返すんだし、変に構う必要ないだろ。
おい未来人ども、さっさと仕事しろよ」
「人のことを何だと思ってるんだよ。はいはい、解ってますって」
つかつかと歩み寄るSARUをはっきり敵と認識したらしい瞬木は、
ごろりと床を転がるとその反動で素早く身を起こす。
そして敵意剥き出しの眼差しで、SARUと『この世界の瞬木』を睨み付けた。
「ッ!? おい、今度は何する気だよ!
って言うか、お前は誰だ!? キャプテンの何なんだよ!?」
「この状況でそれ気にすんのか。この時点で結構ほだされてたんだな、俺」
「言ってる場合じゃなかったよ……ね」
SARUがグローブを嵌めた右手を上げる。その手を瞬木に翳し、黒い目を伏せる。
瞬間、瞬木の体からは糸が切れたように力が抜けて行った。
肉眼では見ることのできないセカンドステージ・チルドレンとしての力が、
振り上げられた右手から放たれているのだ。
「っくそ、何だよ、何なんだよ、お前……ら……」
「瞬木!」
起こしたばかりの体ががくりと崩れ、両手だけで強引に自分を支えている。
助けに行こうと天馬は必死に立ち上がろうとしたが、
必要以上に強固な抱擁に閉じ込められてそれも阻止されてしまった。
「キャ……プ、テ……」
誰にも助けられることがないまま、瞬木の意識はSARUの能力によって歪められていった。
思考と記憶に、虫食いのような穴がずぶずぶと掘り抜かれる。穴だらけに作り変えられる。
そのままどさりと崩れ落ちたのを見届けて、漸く『この世界の瞬木』は腕の力を緩めた。
「……っ瞬木! 急に何するんだよ!」
「何って。恋人が他の男に興味引かれてるのは面白くないじゃん。
それに、さっさと戻してやらないと何とかが歪むんだろ?
アンタあっちの俺に情湧いて庇い出そうとしてたし、俺は最適解取ったつもりだけど」
「はあ? 何だよそれ、他の男って……相手も瞬木だっただろ」
訳が分からない、という素振りの天馬に対して、フェイとSARUの表情は冷ややかだった。
「うわあ。自分自身に嫉妬とか、相当上級者だね」
「嫉妬できるほどの何かもなかったと思うんだけど。
やだなあこんなのが僕のルーツに絡まってるの。今からでも過去を塗り替えてやろうかな」
「おい未来人ども、ごちゃごちゃ言ってないで早くそれを元の場所に戻して来いよ」
ぎろりと鋭い視線が二人を貫く。言わずもがなく、その視線の主は渦中の『瞬木』だった。
再び天馬を抱き潰しつつ、怨念込みで二人をねめつけている。
「解ってるってば! ったく、瞬木は態度がでかすぎるんだよ!
おじさんに却下されなかったら、ホントに経歴塗り替えてやるからな!?」
「大丈夫だよSARU、別に瞬木くんが天馬の最後の相手って決まったわけじゃな――うわ。
今までで一番凄い睨み付けだ。行こうSARU、このままだと視線だけで煮殺されそうだ」
「それはフェイが地雷踏み抜いたからじゃん!? 僕は完全とばっちりなんだけど!?
あーもう、はいはいタイムジャンプしてきますよ!!」
転がされている瞬木を慌てて背負い、SARUはフェイと共にそそくさと部屋を出ていく。
流れに取り残された天馬は、まずは執拗な抱擁から逃れるべく身を捩らせた。
抱きすくめられていること自体は寧ろ嬉しい部類なのだが、
『瞬木』の様子が異常であるため素直に受け止められないでいる。
とにかく視線だけでも合わせたい。顔を上げ、視界にその姿を捉える。
自分を抱き潰していた男は、思っていたよりも温度のない表情を浮かべていた。
その冷たさに、言おうとしていた言葉を置き去りにしてしまう。
「ご……ごめんな、またなんか質悪い暴走引き起こしてて」
代わりに口をついて出てきた言葉は、話を逸らすような謝罪だった。
『瞬木』はふうと息を吐くが、やはりそこに感情は見えない。
「別に。過去の俺がどうなったって関係ないし。記憶も飛ばされてたみたいだしな」
声色からするに、感慨も何もなさそうだ。
表情も声も何もかも、感情の色も温度も滲んですらいない。
淡いグレイに染まりきっているリアクションに、天馬は首を傾げる。
「瞬木の記憶には、さっきの騒ぎって残ってなかった?」
「まるでないし、今見たって何も思い出せない。あいつの記憶操作が完璧なんだろ」
「そうなんだ……って、そうじゃない! それもそうなんだけど!」
すう、と深呼吸をする。身を乗り出して、何でもないような顔をしている瞬木を見据える。
「何かお前、おかしいよ。なあ、何考えてるんだ?
本気であの瞬木に嫉妬してる訳じゃないだろ? 流石の俺でも、そのぐらいは解――」
言葉の途中で、また天馬の体は二本の腕の中に閉じ込められた。
檻か何かを彷彿とさせる先程までの抱擁とは違って、今度は縋るような触れ方だ。
きょとんとした顔で反応を見守っていると、ぽつりぽつりと言葉が降り始める。
「こうやって見せつけておけば、覚えてなくても心の中には残ってるかもしれないだろ」
「は?」
「アンタを選ばないって選択肢を俺の中から徹底的に潰しておこうと思って。
でもまあ、今思えば俺って結構前からアンタに籠絡されてたんだな。無駄っぽかった」
にやりと口元を歪めるその仕草で、やっと『瞬木』に感情が戻る。
斜め右上方向に飛んでいるその発想に、天馬は動きと思考を止めていた。
「どっちかっていうとさ、昔のアンタを連れてきた方が良さそうだな。
俺の選択肢取り上げるより、アンタの選択肢潰していく方が重要そうだ」
「……な、何言って……? 俺だってそんな、瞬木だけだし……っ」
「はいはい、顔真っ赤にしてカワイイね。でもゴメン、アンタのその言葉あんま説得力ないんだ。
アンタの末裔かもしれない何かにルート封鎖される可能性もあるみたいだし?」
にやけた笑いを落ち着けることもなく、瞬木は天馬の頬を両手で包み込んだ。
かああ、と頬に熱が篭る。
それなりに恥ずかしいことを言ったのに流されたことへの羞恥と、
キャラでもない気障ったらしい仕草に心奪われてしまったことへの動揺が顔を熱くする。
「ま、またた、ぎっ」
ぐっと、顔が近づいてくる。あともう三センチのところまで唇が近付く。
抵抗する気は無かったからこそ、天馬は自然と目を伏せていた。
キスを受け入れるための覚悟はもうできている。嫌がる理由は無い。
そのまま天馬は瞬木に身を任せ――
「ということで、リクエストに合わせて昔の天馬を連れてきたよ」
――場違いな声を耳で拾い、二人揃って思い切り床に転げてしまった。
「なっ、おま、空気読め、って、はああああああ!?」
飛び起きた『瞬木』が、何か信じがたいものを見てしまった叫びを張り上げる。
慌てて起き上がった天馬の目に飛び込んできたのは、
フェイの腕に抱えられていた幼児の姿だった。
「ううー……? ここ、どこぉ? さすけ、どこ?」
幼児はぱちぱちと瞬きをしながら、辺りの様子を一生懸命に伺っている。
紛れもなくこれは幼いころの自分だ。天馬の全身がぴしりと固まる。
フェイの半歩後ろで腕を組んでいるSARUの表情は凍り付いていた。
「僕は一応止めたからね」
「止まり切ってなきゃ意味ないだろー!? ちょ、フェイ! 何でもってきたんだよ!
それ俺が三歳くらいのときだろ! 早く元の時代に帰して来いよー!!」
「ええ、これも駄目? おかしいな、戦力になるし喜ぶと思ったんだけど」
「フェイはネーミング以外のセンスもなんかズレてるよねえ」
やれやれとでも言いたげな顔と素振りでSARUはため息を吐く。
何よりも先にこの未来人どもを自分の時代に戻すのが先じゃないのか、と、
瞬木は一人心の中でそう確信していた。