※クリア後設定



「弟と一緒に寝たくない?」

天馬の声に、銀髪の少年は沈痛な表情をしてこくりと小さく頷く。
彼は強大な力を持ったファラム・オービアス紫天王の一人であり、
ラトニークイレブンとの戦いにおける二番目の驚異(正直な話一番の敵は重力だった)であり、
最終戦においてはある意味彼のキック力とソウルの属性によって銀河の危機を救うことができた、
絶望的に頭の悪いブラコン気味のストライカー……名をリュゲル・バランという。
彼は今、決して弟の前で見せることはないだろう悲壮感溢れる表情をしていた。

「ええと、どういうことなの」
「アースジャパン改めこのギャラクシーイレブンに引き抜かれてからと言うもの、
 ガンダレスは毎晩毎晩俺と一緒に寝ようとするんだ」

弟以外にネーミングセンスを褒めてくれた人がいたことが相当嬉しかったのか、
ギャラクシーイレブンと言うときの語調はやたらと芝居がかっている。
座名九郎と話させたら相当盛り上がりそうだ、と天馬は他人事のように考えた。

「俺、兄弟がいないから解らないんだけど、それって当たり前だったり嬉しいことなんじゃないのか」

天馬は記憶の中で思い出せる限りの兄弟姉妹を順繰りに呼び起こしていく。
相互に強烈なブラコンである剣城及び瞬木兄弟はどちらから誘おうと喜んで共に就寝するに違いないし、
かつて引き抜いた覚えのある幻影学園の兄弟は、言われなくても共に布団に入っていた。
お互いを鬱陶しそうにあしらいながらも何だかんだ言って仲のいい滝兄弟を含め、
天馬の回りの兄弟はこの年になっても一緒に寝ることに抵抗を覚えなさそうな人材が固まっている。
自分だって、綱海や秋に言われれば、気恥ずかしくは思うかもしれないが嫌だとは思わない。

「まぁ、毎日だとちょっと鬱陶しいのかもしれないけど……」
「違う! そっちの寝るじゃない!」
「え?」

リュゲルの顔は蒼白だ。ただでさえ血色のよくなさそうな色なのに、今はますます青い。
そっちでなければどっちだと言うのだろう。天馬は少し考えてから、次に続いた言葉で動きを止める。

「まさか地球では、性交渉のことを寝るとは言わないのか……?」

青い顔のまま考え始めたリュゲルに対し、天馬の頬には朱が差す。

「ちょ、ちょっと待って!? 寝るってまさか、兄弟で、うわぁ!?」
「言うな! それ以上言うな!!」

決め台詞に近いそれも、普段の倒錯的な響きではなく必死さが滲んでいる。
馬鹿ではあるが分別くらいはついているらしいリュゲルは、
右を見て左を見て誰もいないことを確認してから天馬にずいと顔を近づける。 
リュゲルは震えていた。昨晩の弟の顔と勢いを思い出して震えていた。そして必死だった。
今のところは「明日は朝早いからまずはゆっくり寝よう」と誤魔化せば翌日の朝には忘れてくれているが、
いつか誤魔化しも効かなくなって、赤い林檎の実よりも容易く牙を突き立てられるかもしれないのだ。

「ガンダレスの願いは叶えてやりたい。が……俺もガンダレスも男だし、血が繋がっているんだ。
 流石の俺でも、それがヤバそうだってのは理解できている。ふふ……」

弟が近くにいないもしくは他人が褒め殺した後のリュゲルはそれなりに理性的だ。
自分の頭のポンコツさをある程度は把握できているのだろうか、時折素の彼が垣間見える。
今は赤くなったり青くなったり、とにかく顔色の変化が忙しい。不適な笑みも、今はどこか痛々しく思えた。

「そ、そうか……なかなかヘビーな悩みだったんだね。俺にはどうしようもなさそうだけど、頑張って」
「待て! 話を打ち切るな!」

逃げようとしたが失敗した。ガッと素早く腕を取られ、半泣きで掴みかかってくる。

「俺を! 見捨てるな!!」
「そんなこと言われたって、兄弟で同性愛とか重たすぎて俺にはどうしようもできないよ!
 なんとかなるとか無責任なこと言えないし、結局はリュゲルの気持ち次第じゃないの」
「やめろ、言うな! それ以上正論は言うな!」
「じゃあ気休めで慰めろって言うのかよ」

最後の無遠慮な言葉は、天馬のものではなかった。
例えばポワイを中心としたサザナーライレブンが聞いたら震え上がりそうな、不服そうで禍々しい声だ。
声の方を振り替えれば、サザナーラ人でなくても心が読めそうな程度に不機嫌な瞬木が立っている。
瞬木はずかずかと大股で近寄ってくると、垂直に落としたチョップで二人の間を引き裂いた。

「あんたキャプテンに近いんだよ。新入りは距離感考えて行動しろよな」
「えーと、近さは気にしてなかったんだけど……瞬木、今の話どこから聞いてた?」
「すぐそこで」
「いや、場所の話じゃなくて」

当然、天馬の質問の意図は解った上ではぐらかしている。
瞬木は興味のない授業を聞かされているときのような顔をして、溜め息混じりに言った。

「兄弟で同性愛がどうたら、って話は聞こえたな」
「あー」

一番聞かれたくなかっただろう話を思いきり聞かれていたらしい。リュゲルの顔色はますます白くなる。

「い、言うな地球人、それ以上、何も言うな……」
「アンタの事情はどうでもいいけどさ、その重さはキャプテンじゃなくてもフォローもできないだろ。
 できるのはカルトの教祖か兄弟姉妹でも結婚できる文化圏の奴だけだ。
 うちのキャプテンをカウンセラーか何かと勘違いしてないか?」

冷徹な闇色の目に、リュゲルの肩はびくりと震える。
愕然とした顔で見つめられながら助けを求めるように縋られて、天馬は思わず一歩後ずさった。

「そ、そんなに重いのか、この悩みは」
「うーん、俺の知る限りでは一番重いかな……」

これを軽く感じるのは、メガネハッカーズの一団が熱を入れている二次元作品の登場人物だけだろう。
全員の瞳がセミオートで濁る。ここだけ泥水の中のようなテンションだ。
もともとサッカー以外のことはあまり優秀でない頭をしている天馬は元より、
基本的には常識と節度を持っている瞬木にはこの悩みはフォロー不能に近い。
色恋沙汰なら神童や剣城に頼ってほしいし、近親相姦に対するアドバイスなんて出しようがない。
同性愛に至っては「月見さんかノーザンファングにそんな性癖のやつがいた気がする」ぐらいの認識だ。
何故異星人の子供にそんなことを聞いてきたのだろう、と天馬の顔は険しくなる。

「瞬木だって困るよな? もし瞬くんとか雄太くんがそういう意味で瞬木と一緒に寝ようとしたら、とか」
「急に気持ち悪いこと想像させるなよ。首絞めるぞ」

これが皆帆あたりの悪意ある無邪気な質問であったなら、言い終わる前に拳か蹴りが飛んでいるだろう。
言うだけで実行しないだけ、瞬木は松風天馬という存在にある程度譲歩している。

「キャプテンに迫られる、とかならまぁ、考えてやらないこともないけど」

そこの部分だけは誰の耳にも届かないぐらいに微かな声で呟いて、
この世のすべてを鬱陶しがるような顔をしながら、瞬木は事の発端であるリュゲルを睨み付けた。

「こんなの、一から十までアンタの気持ちの問題だろ。嫌なら嫌で拒んでやれって。
 そうでないなら、兄弟なのも男同士なのも諦めて、掘るか掘られてやれよ」
「そ、そういう言い方は……」
「言ってやれってキャプテン。お前の悩みなんか知ったこっちゃない、想像力働かせて自己解決しろって」
「瞬木!」

他人事だからこそあっさりばっさり一刀両断する瞬木に、天馬は声を荒げる。
リュゲルは、まず押し黙った。それから、言われたままに想像力を働かせて瞳を伏せる。
思い返すのは、目に入れても痛くないほど可愛がっている弟が一線を越えることを望んで近付いてくる光景。
あの時の目の輝きを思い出すと、背筋がぞくりと戦慄く。恍惚に近い、倒錯的な痺れが背骨を伝って脳に向かう。
リュゲルは、反射的に自分の体を抱き締めた。ぶるりと身震いしたのを、瞬木が横目で見ている。

「ほら、震える程度には無理だって思ってんじゃん。さっさと引導渡してやったほうがお互いのためだぜ」
「ふふ……それ以上は、言わなくても解る」

顔色までは伺っていなかったらしい瞬木は、震えを嫌悪だと受け取っているようだ。
俯いたリュゲルの、前髪越しの白い肌がほんのりと紅潮していることには気付いてはいない。
唇が微かに笑みの形を作っていることも、何も。
天馬は、突っ込むべきか迷いつつも結局は見逃すことにした。
蒸し返したところで、リュゲルにかけてやれる言葉がないからだ。
あとは倫理観と彼本人の気持ちの問題で、他の誰が何を言っても気休めにすらなってやれない。

「人間関係のいざこざって、サッカーしてればだいたい解決すると思うんだけどね」
「間違ってないけど狂ってるよな、そのアドバイス」

瞬木自信もサッカーによるカウンセリングで壁を吹っ切ってしまっているため、
何かが歪んでいる天馬のアドバイスを全力で否定することはできなかった。



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