円卓の奥で、二人の美少女が困惑した表情で身を寄せ合っている。
ひとりは、髪色とお揃いの美しい空色のドレスを纏った気品溢れる心優しき少女。
名を、空野・葵――ただしこの世界では「メローラ姫」と呼ばれている――と言う。
もうひとりは、腰まで伸びたブロンドの髪が美しい、力強い瞳をした甲冑姿の少女。
こちらはこの世界でも本来の名である松風天馬と呼ばれている、円卓を治める第一の騎士だ。
もともと彼女の髪はチョコレート色の癖毛なのだが、
キャメロットの王・アーサーとのミキシマックスを果たしたとき、
その毛色は金色に輝きだし、ぶわりと腰まで一気に伸び始める。
これに化身アームドが加わった場合、変身する様は完全に変身魔法少女のそれだ。
後にメガネハッカーズを名乗ることになる少年らが引き抜かれた当初などは、
天馬のほか黄名子やら霧野などの変身シーンに対して興奮気味にフラッシュを焚いて、
キングファイアやらサンシャインフォースやらにカメラごと焼き尽くされる事故が多発した。
――なお、この時は霧野本人によるラ・フラムが一番殺意に満ちていたことを追記しておく。
そんな珍事の話はさておき、少女たちが何故顔色を悪くしているのかと言えば、
義父もといアーサー王の様子が異様だったからだった。

「おお……なんと愛らしい天使たちなのだ、もっとよく顔を見せておくれ」

目に涙を溜めながら、アーサー王は美少女二人にそう呼び掛ける。
これが現代日本なら変質者として警察を呼ばれていたかもしれないが、
残念ながらここは幻想世界キャメロットだ。
それも、天馬たちがサッカーの概念を持ち込んだせいか色々トチ狂ったファンタジー世界だ。
だからかどうかは知らないが、周囲の名も無き兵士たちは異を唱えようとはせず、
王に同調して感涙し始めた者まで出てくる始末だ。

「ど、どうしよう葵」
「私が聞きたいわよ」

葵はこの世界で、アーサー王の娘に成り代わっている。
天馬はミキシマックスを果たしたせいか、アーサーの縁者のような待遇を受け、
現状は円卓の騎士の一員ながらアーサー王の愛娘のような扱いをされている。
その手の専門用語で言うところの姫騎士的な何かだ。
幻想世界キャメロットにおける天馬と葵は、ただの幼馴染ではない。
戦闘能力はない(が無頼ハンドは出せる)王女と、その身を守る姫騎士なのだ。
後のメガネハッカーズらが言葉の響きに酔って白百合及び白濁色の新刊予定を語り出した結果、
刹那ブーストやらバリスタショットやらグレートブラスターやらソニックショットやらで、
意識ごと地中に沈められかけていたのも記憶に新しい。
キャメロットがおかしくなった原因である以上、天馬たちもまたまともではない集団なのだ。

「心優しきメローラに、我が力を託した円卓の姫騎士。
 二人揃った今なら、マスタードラゴンが逝ってしまったとは言えども我が国は安泰そうだ」
「あ、あはは……」
「も、もう、お父様ったら……」

肩を寄せて表情を引きつらせている少女たちは、時たま王から顔を背けてしまう。
それは決して照れているのではない。近くに控える、若草色の髪の騎士に助けを求めているのだ。

「なんとかしてよ、フェイ」
「……あー、えっと、どうしようかな」

未来の世界の猫型ロボットに助けを求めるような口振りで、天馬は控えの騎士を呼ぶ。
若草の騎士――フェイ・ルーンは、どんよりと暗雲が立ちこめだした瞳で少女と王を見据えた。
幻想世界キャメロットは、今までタイムジャンプをしたことがある他の時代とは大きく違う。
絵本一冊から作られた世界であるが故に、この世界の物語は全てこの中で完結している。
さらに、天馬たちは一度絵本の筋書きを綺麗になぞっているので、
もう絵本の内容が書き換わることはない。絵本の続きがこの世界で語られることはないのだ。
それは即ち、今後このキャメロット内で何が起きようとも、
その後の歴史や天馬たちの世界に悪影響を及ぼすことはないことを示している。

「アーサー王が天馬を娘だと誤認すること自体は、それほど大きな問題にならないんだよね。
 君たち二人セットで猫可愛がりしているのも、これといって影響はないよ」

エルドラドのルートエージェントのようなことを気にしているフェイは、
タイムルートさえ傷つかなければ基本的に何でも許容するらしかった。
この気質は未来人全般に通じているようで、
黄名子すら事態の収拾に関してはあまり積極的ではない状態だった。
マスタードラゴンは何も言ってないやんねー、とへらへら笑われて流されてしまう。
当人たちからすれば溜まったものではない。

「フェイには解らないかもしれないけど、私たちの胃痛が凄まじいのよ」
「でも、アーサー王は当分の間僕らから離れてくれる気配はないみたいだし。
 天馬たちも早いところ順応すべきなんじゃないかなぁ」
「目金さんたち以外誰一人として順応できないよ!」

美少女二人が身を寄せ合って胃痛を訴えてくるが、正直なところどうにかできる自信がない。
元セカンドステージチルドレンの能力が役立てる気配もない以上、
今のフェイにできるのは腕を組んで唸ることぐらいだ。

「まあ、僕らもいい加減疲れてきたしね。仕方ない、人脈に頼ろう」
「人脈?」
「偉人に対抗できるのは偉人だけだよ」

フェイは濁った目をそのままに、首を傾げる姫君二人を交互に見やった。



「だいたいの事情は飲み込めました」

白羽扇で口元を隠したまま、キャラバンの座席を悠々と占拠していた孔明が目を伏せる。
偉人に対抗できるのは偉人だけ。
この原則を踏まえた上で、天馬たちが通報先に選んだのは諸葛・孔明そのひとだった。
化身使いであったり頭脳方面であったり、本人のスペックがずば抜けて高かったからだ。
左右に雨宮と白竜(とその背後霊のシュウ)を控えさせていた孔明は、
顔面蒼白の少女二人及びフェイを見据えて小さく頷く。

「鬱陶しい義父に子離れさせるためだけにわたくしの力を借りたいと。そういうことですね」
「身も蓋もない言い方をするとそうなります」

ミキシマックスが解け、今は元の姿に戻っている天馬は顔を上げられないままそう返した。
孔明相手に取り繕っても無駄であることを悟っている天馬たちは、
これといって言い訳はせずに素直に天才軍師に泣きつくことに決めている。
孔明の目は冷え切っていたが、左右からかかった声の熱に押されてぱちりと見開かれた。

「孔明さん、天馬のお願いなんです。どうか貴方の力を貸してくれませんか?」
「天馬たちは俺の仲間です。俺だけじゃない、シュウと剣城にとってもそうです。
 仲間の負担はできることなら取り除いてやりたい。どうにかなりませんか」
「僕はまぁどうでもいいんだけど、その二人には縁があるからね。
 できることなら放置してもらいたくはないかな」
「貴方たち……」

約一名は天馬しか眼中にないようだが、残りの白黒は真剣に二人を心配しているらしい。
孔明は三人の声を最後まで聞き届けてから、溜め息と共に扇子の先を天馬へと向けた。

「松風天馬。貴女に関してであれば、返事一つでこの問題を解消できるはずです」
「え」

天馬は青灰色の目をぱちぱちと瞬かせる。全員の視線が、一瞬で天馬に集中した。

「葵はどうしようもならないんですか?」
「わたくしが見立てた限りでは、即座の解決はできそうにありませんね」
「そうですか……ちなみに、天馬はどういうことに返事をすればいいんですか?」

葵の質問に対して、孔明はまず雨宮を見た。それから天馬に視線を動かす。
射抜かれるように真っ直ぐな目に貫かれた二人は思わず背を正したが、その直後に脱力した。

「雨宮太陽と婚姻関係を結びなさい」

葵と天馬、それから雨宮の三人は、ぽかんと口をあけて固まってしまった。
孔明が何を言っているのか、まるで理解できない。
フェイと白竜が思考回路ごと凍りついている中で、
シュウだけが「はぁ?」と露骨に不機嫌そうな声を出す。

「何それ、どういう作戦なの? こいつなんかと天馬をつがいにするなんて」

フランとの戦いの中で白竜に対して暴言を吐いたからなのか、
シュウから雨宮への好感度は一方的に最安値を叩き出しているようだった。
若干ムッとした雨宮をさらりと無視して、シュウは孔明を睨みつける。
しかし、白竜が思わず身を堅くするような怨嗟溢れる鋭い視線も、
孔明からすれば大したものだとは思えないのだろう。
策を提案した軍師本人は、今も涼やかな顔をしたままだ。

「簡単なことです。義父が鬱陶しいなら、その庇護から離れればいい。
 父が娘離れできないなら、娘の方から父の囲いを破ればいい。
 そのための一番簡単な方法は、余所の家系に嫁として組み込まれることでしょうね」
「はああ? 何その無茶振り。臥竜が聞いて呆れるんだけど」

唯一正気でいるシュウが天馬の代わりに突っ込みを入れているが、
シュウがひとりで捌けるのはどうやってもひとりまでだ。
呆然としている天馬の手に、監視の目をくぐり抜けた暖かな手が重ねられる。

「天馬、ボクと結婚を前提にお付き合いしよう。二人で幸せになろうよ」
「え? あ、えええ」

その声が耳に届いたらしいシュウの闇色の目から、ぶわりと濃紫のオーラが流れ始める。

「ちょっと! 雨宮太陽、何身の程知らずなこと言ってるんだよ! 毎晩枕元に立つぞ!?」
「シュウ、それは本気で止めてやれ!!」

シュウが普通でないことを何となく察している白竜は、立ち上がった相方を必死で抑えつけた。
恐らくシュウは間違いなくそれを実行するし、そうなれば雨宮は速やかに祟り殺されるからだ。
ぎゃあぎゃあ喚いている白黒を無視して、フェイと葵は乾いた笑みを浮かべる。

「ああ、確かにこれは天馬の返事一つで解決できるね……」
「私には無理な訳よね」
「そういうことです。さて、後はこの子の押し次第ですね」

孔明は満足げに目を伏せ、ぱたぱたと扇を揺らしながら雨宮を見守っている。
基本的に孔明は雨宮の味方だ。雨宮と天馬が収まるところに収まるのが最良だと思っている。
同時に白竜の味方でもあるので、白竜とシュウのことも生温く見守っているのだが、
白竜とシュウ視点では雨宮よりも天馬の相手に相応しいだろう男が約一名居るので、
その辺りが上手く噛み合わず、孔明の思考の先を行ってしまう。

「剣城、お前は今どこで何をしている! 早くキャラバンに戻って来い!
 このままだと天馬がどこの馬の骨とも知れん輩の花嫁に仕立て上げられるぞ!
 ああもう、肝心な時に役に立たない三流シードが!!」
「誰が三流だ誰が!!」
「へぶっ」

開いていた後部座席の窓から、白竜の後頭部目掛けて中身入りのペットボトルが飛んでくる。
ごん、と鈍い音が響き、白竜の体はシュウを抱き潰すように座席へ倒れ伏した。

「ちょ、ちょっと!? 白竜、昼間から何する気だよ! い、意識を取り戻せってば!!
 嫌な訳じゃないけど、今は場所と空気がおかしいし、それに……」

シュウが騒ぎ立てているが、だんだん声がぼそぼそとしてきたので、
フェイと葵はそれを完全に無視することに決めた。
「どこの馬の骨かは解ってるよね」という白竜宛の突っ込みも含め、放置を決め込んだ。
この後の騒動の方が余程面倒臭そうだからだ。

「お前もお前で何してんだ雨宮ああああ!!?」
「ちっ……」

どたどたどたとステップを駆け上がってきた新たな黒――剣城・京介が絶叫する。
雨宮は天馬に見えない角度で舌打ちし、孔明が見るからに不服そうな表情で顔を背ける。
状況について行けないでいるのは天馬ただ一人だけだ。

「剣城くんさあ、空気読んでくれないかな。ボクは今天馬と籍入れてる最中だったんだよ」

むぎゅうと雨宮が天馬を抱きすくめ、すりすりと頬擦りし始める。

「えっ、ちょ、ちょっと、太陽顔近すぎ、籍は入れな、ひぎゃああああっ!」
「話を合わせなさい松風天馬。厄介な義父から解放されたいのでしょう」
「解放されたいですけど、解放されたいですけどこの方向性は嫌です!?」

とっとと外堀を埋めたい孔明が横から茶々を入れているが、
それは返って天馬を正気に立ち戻らせていた。
顔を真っ赤にしながら震える天馬の姿に、剣城の体から闘気が立ち上る。

「おい。フェイ、空野、あれはなんだ」
「えーとね……これ説明するの面倒くさいなあ」
「うん……ほら、天馬たちがアーサー王に絡まれてるのが面倒臭いらしくってね、
 解放されるためにどうすればいいか孔明さんに聞いたら結婚すれば? って言われて」
「はあ!?」

剣城の目がかっ開かれ、ずかずかと天馬の前まで大股で歩いてくる。
フェイと葵はすっと左右に分かれ、モーゼの海割りのごとく道を開いてやった。

「天馬!」
「は、はいっ」

大昔の剣城を彷彿とする怒鳴り声に、思わず天馬が硬直する。
罵声に慣れていない雨宮も巻き込まれて固まっていた。
はあ、はあと肩で息をする剣城は見た目の悪人さも相まって素直に怖い。
ぎろりと金色の目が天馬に突き刺さる。

「あっ、雨宮じゃなくて、そ、それなら俺が、俺がお前のこと、嫁に」
「……え」

剣城の纏っていた刺々しさが緩和されて、天馬がぱちぱちと瞬きする。
代わりに雨宮からぶわりと殺意が噴き上がったが、
後ろから抱き締められている天馬にその黒々しいオーラは見えなかった。
葵とフェイが急に青ざめたのが見えるだけだ。

「剣城……?」
「お、お前なんか、俺ぐらいじゃないと、面倒みてやれな――」
「天地雷鳴!!」

剣城が何かを言いかけた瞬間に、孔明が白羽扇を顔面目掛けて叩きつける。
天地雷鳴(物理)は見た目に反してなかなか威力が高かったらしく、
剣城は思わずたたらを踏んでキャラバンの通路を数歩後ずさった。
それはそういう技じゃないだろ、と突っ込んでくれるはずの白竜はまだ起きあがらない。
シビレゲージの溜まりが最高峰の必殺技に間違いはないだろうが。

「うわあああっ、剣城!? ちょ、こ、孔明さん!?」
「予定外の邪魔が入りましたが、これで問題はありませんね」
「さっすが孔明さん、天才すぎますっ! ってことで、天馬ぁ……」
「いや問題あります! ありますから!? 太陽もふざけないでいいよ!
 剣城、剣城早く起きてえええええ!!」

後部座席に響き渡る悲鳴を聞き流しながら、フェイと葵は顔を見合わせている。

「これ、相談相手失敗したかしら」
「実はどこに行っても失敗だった感が否めないよね」

恐らく信長のところに行けば、雨宮の部分が神童に変わっただけの話をされただろうし、
ジャンヌのところなら霧野経由でやはり神童に話が行ってしまう。
沖田のところに行けば自分が婿に立候補して剣城兄弟がぎゃあぎゃあ騒ぐことになり、
脳筋族に分類される劉備は十中八九孔明の元に連行してくるので、
結局最初から孔明のところにくるのと同じオチを辿ることになるだろう。
しいて言えば坂本に相談すれば普通に無難な話が聞けたかもしれないが、
これはこれでいつ沖田ルートに突入するかがわからない諸刃の剣だ。
残りは恐竜と台風だ。話の聞きようがない。いっそザナークに相談した方がまだ建設的だ。

「やっぱり、私も天馬も色々諦めてアーサー王と接した方がいいと思う?」
「僕としてはそっちをお勧めしたいかなあ」

フェイは今、「早くシュウが正気に戻って全員ぶちのめしてくれないかな」だとか、
「どうしてもこの騒ぎが収束しなかったら、優一か神童が来る前にロビンで潰そう」だとか、
それなりに物騒な方向で事態の収拾を付ける算段を始めている。
元来セカンドステージ・チルドレンとして暗躍していたフェイは、
のほほんとした表情に反してそれほど呑気な性格をしている訳ではない。
フェイの堪忍袋がブチ切れて満月ラッシュ(物理)が放たれるのが先か、
天馬が雨宮か剣城のどちらかに押し切られて返事をしてしまうのが先か、
TMキャラバン内では嫌な方向性のチキンレースが開幕してしまっていた。



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