「天馬」

唐突に声を掛けられたせいもあって、天馬は宙に上げたボールを取りこぼしてしまった。
これが信助や葵であれば、きっとそのままリフティングを続けていられただろう。
けれど、声の主は意外な人物だった。
すでに声変わりを終えた、低く落ち着いた声が天馬の名を呼んでいる。
だから転がしたボールもそのままに、天馬はぱちぱちと青灰色の目を見開く。
視界を彩ったのは、風に流れる銀の長髪。そして、鋭く力強い鮮血色の眼光。

「白竜」

かつては敵として、今はサッカーを取り戻すため、雷門の戸を叩いてくれた新たな仲間。
しかし、白竜の何もかもが珍しくて、天馬はまだ慣れられないでいる。
以前は敵だったからなのかもしれない。
だが、もっと違うところで何かが引っかかっている。
その何かが一体何なのか、今の天馬には解らないでいたが。

「そろそろ移動だ。自主練に励むのはいいが、時間を忘れるな」
「あ、ああ。ごめん、わざわざ探しに来てくれてありがとう」

ころころと地面を転がるボールを拾い上げて、天馬は白竜の無表情さと向かい合う。
闇や黒のイメージが強い剣城やシュウとは対照的な、潔癖に近い純白。
色鮮やかな雷門のユニフォームやジャージは、まだ馴染んでいないような気がした。

(剣城だってすぐに見慣れたから、こんな事を思うのはきっと今だけなんだろうけど)

白竜が仲間になったことは、頭の中では理解しているつもりだった。
けれど、ゴッドエデンで敵として立ち塞がった記憶が強烈なせいか、
彼が今ここにこうして立っていて、遅刻するなと咎めに来たのが何だか不思議だった。

「天馬?」

そして今のように、天馬……と自分を呼ぶのも。

「天馬って、呼んでくれるんだな」
「ん?」
「白竜から見た俺って、剣城とかシュウのおまけみたいなもんだと思ってた」

それまで無表情だった白竜は、天馬の言葉に深紅の目を丸く見開いた。
凛としている彼にしては珍しく、口まで開いている。完全に呆気にとられた顔だ。

「心外だな。究極たる俺を一度は叩き伏せたお前を軽んじた覚えはないさ」
「うん、それが意外だったんだ」
「……まぁ」

白竜は大仰に腕を組むと、少しだけ間を置いてから薄い唇を震わせた。

「確かにお前への評価の一部は、シュウと剣城の友であるという点が占めているな。
 それで気を悪くしたと言うなら素直に謝罪しよう」
「いや、そう言うのは全然ないんだ。
 俺の方も、お前のことはシュウの相方で、剣城のライバルだって思ってるし。
 それも、結構な割合それだし……いや、凄いストライカーだとはちゃんと思ってるけど」
「当然だ、俺は究極だからな」

きりっと表情を引き締めて、白竜はそう自信満々に言う。
特に否定材料もないのでそこには突っ込まないことにしたが、
「そうだこういう奴だった」とは目を濁らせた。

「……要するに、まだ相互理解が足りないと言いたいんだな」
「ソウ……え?」
「相互理解。相手をお互いに理解すると書く。解るな」

一見冷たいように見えるが、理解力の低い相手にも律儀に解説する点は剣城と違う。
天馬は声に出して返事することができず、ただこくこくと首を縦に振った。

「俺が雷門を評価するとき、どうしても評価の一部はシュウや剣城越しになる。
 様子から察する限り、お前たちから見た俺もそうなのだろう」
「……そうだね。まだ、全然解ってないと思うよ。サッカーのことも、そうじゃないことも」

拾い上げたサッカーボールを、ぎゅっと強く握り締める。握り締めて、白竜に押し付ける。
赤い瞳は一瞬だけ見開かれたが、やがて優しく伏せられた。
白竜の、天馬に比べれば大きな手が、ボールに触れる。押し付けられたそれをそっと受け止める。

「俺は、サッカーを取り戻したい。ゴッドエデンでお前たちと繰り広げた死闘が忘れられない。
 あの試合のように素晴らしいサッカーがやりたい。もう一度あんな風に、究極に……」
「やろうよ。なろうよ、なれるよ。今度は俺たちと一緒にさ」

ボール越しに、二人の心は重なる。青と赤の視線が一つに結ばれる。

「俺たちは雷門のことをお前に伝えるよ。だから、白竜のことも俺たちに教えて欲しい。
 それで一緒に時空最強イレブンになろう、サッカーを取り戻そう、白竜!」
「ああ……天馬」

その頃にはきっと、名前だって自然に呼びあえるようになる。
今はまだ慣れないけれど。



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