「俺としたことが、らしくないところを見せちまったな」

そう言って、大和はあのとき寂しげに笑っていた。
ゴッドエデンに訪れた彼が、あのとき何を考えていたのかは天馬には解らない。
ただぼんやりと、大和らしいとはどういう事なのかを考えていた。



「千宮路さんっ」

尾張の国の真っ青な空の下で、まだ声変わり前の少年の声が響く。
ぱたぱたと足音を立て、鮮やかな黄と青の着物を翻しながら、
天馬は街中をぶらついていた大和を呼び止めた。
ワンダバの手抜きなのか引き出し不足なのかは定かではないが、
サイズ以外は天馬と全く同じ衣装を纏った大和は気怠げに声のする方へと振り返る。

「もう集合時間か」
「はい……千宮路さん携帯見てないですよね」
「邪魔になるから荷物ごとキャラバンの中にあるな」
「ちゃんと携帯してください」

つらっと言ってのける大和に、天馬は濁った視線を返した。
自分もあまり携帯に頓着しない人種だが、大和のそれは輪をかけていたからだ。
連絡は使用人が確認するものであって自分でするものではない、が彼のスタンスだ。
同じ金持ちの思考回路でも、まめに自分から連絡をとりあう神童とは正反対だ。

「まぁ、呼ばれたなら戻るさ。まだ色々見足りねえけどな」

言葉こそ殊勝だが、基本的には平常の彼らしく、大和は尊大な態度で舌打っている。
実力は伴っているが傲慢な暴君。それが周りから見た大和の評価だろう。
そしてそれは、大和が自分でも理解していることに違いなかった。
彼はいつだって強く、自信に満ち溢れていようとする。

「千宮路さん」
「ああ」

大和の返事は語尾が上がっている。不良がドスをきかせるときのそれに近い。
しかし、天馬は不良に対してそれほど恐怖を抱くことはないので、
特に怯えるようなリアクションを見せることはしなかった。
シード時代の剣城と、サッカーを諦めた世界の剣城からの威圧感を経験したおかげなのかもしれない。

「いいですよ。ゆっくり歩いてキャラバンまで戻りましょう」

予想していなかった天馬の言葉に、大和は切れ長な蒼色の目を大きく見開く。
大和に、断る理由はなかった。



あぜ道を抜け、田園風景を横目に天馬たちは戦国時代を歩いている。
テーマパークやドラマのセットとは違う「本物」の空気に、自然と大和の歩みは遅くなる。
頭一つ高いところにある大和の顔を見上げながら、天馬はにやにやとその隣を歩いていた。

「何だよ、気色悪い」
「千宮路さんって、日本史好きですよね。歌舞伎役者連れてこいとか壷見たいとか」
「……頭も悪いな。日本史好きだと別の意味になるぞ」
「えっ」

伝統芸能や骨董趣味が日本史と切り分けできていなかったらしい天馬は、
何が違うのかもよく解っていないらしく、ぱちぱち大袈裟に瞬きする。
大和は溜め息こそつけど、間違いの詳細は正さなかった。無駄なことはしない主義だからだ。
どうせこの頭のゆるい子供に、自分の趣味は理解できないだろう。

「え、えーと……とりあえず、千宮路さん、結構そういうの好きだよなーって思ったんです」
「金持ちの無駄な道楽だって意味か? 嫌味だな」
「ち、違います違います! そうじゃなくて、千宮路さんらしいなって!」

ばたばたと着物の袖を揺らして反論したが、「やかましい」と手刀で黙らされた。
額に向けて本気でチョップを打たれたせいで、ぐらりと頭が揺れる。

「うう……そういうつもりは無かったんですよ、今もあの時も」
「あの時?」
「ほら、えっと……ゴッドエデンの」

天馬の言葉に、大和は息を呑んだ。あまり蒸し返されたくない心当たりがあったからだ。

「ありましたよね。らしくないって、千宮路さんが言ってたこと」
「……何の話だよ」
「俺、思ったんですけど。あのとき千宮路さんが言ったこと、俺は『らしい』って感じました」

瑠璃色をした大和の目が、じっと天馬に突き刺さる。
威圧感と居心地の悪さを感じはしたが、天馬は気にせずに言葉を続けることにした。

「千宮路さんのサッカーって、あの時からずっと同じで……『お父さんのため』なんですよね」
「…………」

大和は何も答えない。表情すらもなく、ただじっとこちらを見据えている。
かつてホーリーロード決勝のフィールドで真正面から浴びた威圧感が、
温度こそ違えどずっともっと近いところから突き刺さってくる。
けれど、この先を言わないままではいられなかった。

「辛そうな顔見たのは初めてでしたし、確かにちょっと珍しいなとは思いましたけど、
 千宮路さんってやっぱりサッカー好きだよなって、
 お父さんはもっと好きなんだなって、すっごく解りましたから」

一瞬目を逸らして、またすぐに視線を合わせる。

「だからあの時のこと、千宮路さんらしくないとは俺、全然思ってな」

そこまでは言えたものの、天馬の口は物理的に塞がれた。正しくは、呼吸をせき止められた。
大和の、天馬に比べれば何回りも大きい浅黒の手が、鼻をぎゅっと摘んできたのだ。

「へ、へんぐーじはん! 何するんれすは!!」
「うるせえ。人をファザコン扱いしやがって」
「らって事実……いひゃいいひゃいいひゃいれすっ、あぐっ!?」

ぎゅう、と鼻を捻ってから、大和が片腕だけの力で天馬を突き飛ばす。
倒れることこそなかったが、何せ旧フィフスセクター最強のキーパーは腕力が規格外だ。
草鞋が擦れ、ざりざりとあぜ道に乾いた音を立てる。
ぐえっと悲鳴を漏らしながら、天馬は二、三歩後ずさった。

「せ、んぐーじ、さん」

きっと睨み返してやるが、対する大和は不敵に笑んだまま表情を変えない。

「お前、馬鹿だな」
「……よく言われます」
「だろうよ」

大和はくくっと喉の奥で低い笑い声を立てると、その大きな手でもって天馬の頭をぽんと叩いた。

「千宮路、じゃ親父と変わんねえだろ。俺の方は大和って呼べよ」
「え」

頭一つ分違う高さにある大和を見上げれば、彼は優しげな微笑を浮かべていた。
大和にしては珍しい穏やかな表情だ。父のことを話しているときのような、優しげな顔だ。
いつものように大胆不敵なそれではないけれど、千宮路大和らしい笑顔だと天馬は思う。

「やまと、さん」
「前は敬語もなしだっただろ」
「あの時はせんぐ……大和さん、敵だったじゃないですか。
 それに、ちゃんと敬語使えてないと、神童先輩にめっちゃくちゃ怒られます」
「ああ、そういえば五月蠅いのがいたな」

天馬がこの時思い返しているのは大昔に「礼儀のなってない一年だ」と怒られたことや、
パラレルワールドにおいて、「剣城」と呼んだのを優一のことだと取り違えられて、
「失礼だぞ」と神童に声を荒げられたことに対する純粋な反省だ。
しかし、大和視点では違う。大和が想定する神童の怒りのツボは礼儀でなく距離感だ。
自分には許されていない、天馬との距離の近さに、あれは怒り狂うはずだ。

「言わせとけばいいだろ。とにかく、お前に敬語使われるのは掌返されたみたいで気味悪い」
「う、うーん……よく解んないけど、まあいいや」

天馬は頬を掻きながら、いまいち納得はしきれていない顔をした。
けれど押し問答を続ける訳にはいかないし、大和本人の気分も解らないではない。

「まずはキャラバンに戻らないと……や、大和」

極力語尾は濁して、天馬は曖昧に笑う。今はまだぎこちないが、そのうち慣れるだろう。
もともとは大和に対して敬語なんて使っていなかったのだから。

「ああ」

何かを企んでいるように口元だけを緩め、大和は偽悪的に笑っている。
大和的には、今の表情こそが自分らしいと思っているんだろうな――と天馬は一人ごちていた。



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