「円卓を囲む第一の騎士を娶りたいとあらば、先ずは我を倒してからにせよ!!」

そう高らかに叫ぶカリスマに溢れた王の声が、
かつて円卓の騎士を選定する戦いの場ともなった中庭に響き渡る。
冗談抜きでエクスカリバーを振りかざしているアーサー王の隣には、
泥水よりも重たく暗く濁りきった瞳を空中に彷徨わせている騎士姿の天馬が居た。
そんな壇上の惨劇を見上げながら、狩屋は死んだ魚の目で霧野に語りかける。

「今度は何の騒ぎですか」
「ああ、アーサー王が長期に渡るミキシマックスの影響で父性に目覚めたらしくってな。
 今度は円卓の騎士の入団試験じゃなくて、天馬の婿取り合戦をやるらしい」
「本当に狂ってますねこの幻想世界」

この世界は、ただでさえサッカーの概念が持ち込まれたせいで異常化している。
それに加えてミキシマックスの反動でアーサー王の意識すらもおかしくなってしまったせいで、
今や幻想どころか狂気しか感じない気がふれた世界観が形成されていた。
手すりに体を預けながら、ディフェンダー二人はグラウンドに並ぶ婿候補を見下ろす。
サポーターを含めてもおおよそ十人前後だろう。
ほぼ身内だが、よくもまあここまで奇人変人偉人が集まったものだ。

「私が貴方の考えの変えどころを指南してあげましょう。
 必ずあの王の心を射止め、想い人をその手に収めるのですよ」
「はい、この戦い……必ず勝ってみせます!」

天才軍師・孔明のエールに応えるように雨宮が力強く頷いているが、
二人はその明晰な頭脳を別なところに生かすべきだと霧野たちは深くうなだれた。
彼らの才は世のため人のためサッカーのために注がれるべきだ。
ホモの恋愛成就をかけた戦いで天才同士の力が重なりあっても、輝かしい何かは生まれない。

「くだらん余興よ……神童拓人、我が力を貸してやったのだ。手早くこの戦を制して見せよ」
「お任せ下さい、信長様」

恭しく礼をする神童と、退屈げに扇子を振っている信長の図も相当に狂っている。
これが天馬争奪戦でなく、フェーダとの戦いで見れたのならばどれほど感動的だったろうか。
神童の目は曇りがない。狂気の輝きを宿したまま、目力だけが頼もしい。
満ち溢れているのは確かにやる気にだろうが、漢字変換が確実に間違っている。
霧野の視線は思わず遠くなった。神童が殺意の波動に目覚めているだけなのを察したからだ。

「あの、蘭丸? 私たちはここでいいんでしょうか。私も蘭丸を応援した方が……」
「いいんだジャンヌ。君をこの狂った戦いに出したくはない。そもそも俺は天馬狙いじゃない」

だから君だけは綺麗なままでいてくれ……と、霧野は濁った目をそのままに少女の手を握り返す。
見る人が見れば白百合の咲き乱れる耽美な構図と勘違いするだろう。
霧野は歴とした男なので白百合は咲かないし、今は背後が殺伐としすぎていて煌めきもないが。

「すみません、リア充は弾け飛んでいただけませんか」
「ジャンヌと俺はそんなんじゃねえよ、知ってるだろ」
「はいはい。しっかし、よくもまぁこんなに変態ばかり揃いましたよね」

くすんだ点描を撒き散らしている霧野のオーラを振り払いながら、
狩屋は身を乗り出して戦場の様子を窺う。
狂った保護者参観になっているのは先の二組だけではない。
本来は監督職である父親を伴って参戦している千宮路親子やら、
その親子と遠くの雨宮から「こっちのスポンサーしろよ」と絶対零度の視線がブッ刺さり、
胃痛に身悶えている豪炎寺を連行してきた黒裂などの姿も垣間見えている。
スポンサーや化身やミキシマックスの相手が特にいないもの同士で、
平和的に口頭での殴り合いを始めている南沢と倉間がいっそ微笑ましい。

「円堂のときは保護者参観こそなかったが、似たような戦いなら常日頃から起きていたな」
「それはマジキチですね」

サングラスの下の鬼道の表情は見えないが、恐らく瞳は混濁しているだろう。
二世代で争いに巻き込まれている豪炎寺の悲痛な様相からしても明らかなことだ。
傍らのジャンヌが思わず鬼道に飴玉を差し出したが、
胃痛で物が喉を通らないのかそっと断られていたのが妙に物悲しい。

「ところで、こんだけ騒いでんのに剣城の姿が見えな――あっ」

霧野はきょろきょろと広いフィールド内を見渡したあと、
奇妙な三角形がフィールドの隅に形成されていることに気付いた。
その頂点に立つのは、濃紺の髪色をした青年と少年。
そして、暗い赤紫色の長髪を一つにまとめた、色黒の青年だ。

「兄さん、沖田さん。神童先輩やら雨宮の場合は、保護者はスポンサー側なんです」
「そうだね」

五体満足健康体な、パラレルワールド産の優一が柔らかく微笑みながら頷く。

「そのようだな」

幕末から連行された後、二度と離れないと暗い瞳で誓いを立てた沖田がそれに続く。

「この状況で……あんたらは何をしようとしてるんですか」

沖田と優一は、紫苑と黄金の対照的な視線を重ね合わせてから、
至極当然とでも言いたげな顔をして軽く首を傾げて剣城を見やる。

「……参戦表明?」
「一回消し飛べ! 朽ち果てろこのショタコン共!!」

正式な時間軸における優一とは別人なので、剣城はこの優一に対してなら遠慮なく暴言を吐く。
そして本来の優一の面影を感じるだけであって立派な赤の他人である沖田に対しては、
敬意を払いはするものの、一度変質者カウントされてしまえば対応に是非はない。
怒りと同時に、剣城は足元に転がっていたボールを空中へと蹴り上げる。
それは雷門イレブンにとって、よく見慣れたモーションだった。

「『デスドロップ』!!」

剣城が吼えた刹那、ボールからは闇色の波動が吹き上がる。
宙返りの要領で跳躍した剣城は、自分が出せる最大火力でもってそれを勢いよく蹴り飛ばした。

「おお、デスドロップだデスドロップ」
「蘭丸っ、止めなくていいんですか? 本当に止めなくていいんですか!?」
「多分なんとかなりますね」

困惑しているジャンヌを余所に、狩屋と霧野の反応は冷たい。
何故ならこの後の流れもまた、彼らにとっては慣れたものだからだ。
剣城によって放たれた渾身の必殺シュートは、沖田と優一の二人に襲いかかる。
しかし、いつの間にやらストライカーとしても成長していたらしい沖田は、
磨き抜かれた名刀よりも冷たく鋭い視線でその軌道を読みとり、着弾点を割り出した。
研ぎ澄まされた剣士としての感覚が、ボールの軌跡を沖田に伝えている。

「甘いな……『菊一文字』!!」

闇色の波動を纏ったシュートは、沖田の蹴りによって一刀の元に凶弾を斬り払われた。
勢いを奪われ、一瞬空中に静止したサッカーボールが、圧縮された空気ごと菊の花びらを纏う。
しかし沖田が背を向けた瞬間に花弁は爆散し、それに乗じて再度加速を始めた。
ただし、その照準は最早沖田たちにはない。
あっさりと撃ち返さた弾丸は、剣城の真横を掠めて轟音と共にフィールドへと沈んだ。

「ああ、やっぱり平和エンドでしたね」
「どのあたりが平和なんですかああ!? 蘭丸、皆さんを止めてください蘭丸!!」
「あーこのリアクション懐かしいな……昔は速水とか一乃とか影山とかこうだったよな……」
「現実と戦いましょう蘭丸ううう!!!」

がっくんがっくんと激しく霧野の肩をシェイクする少女を見守る一同の目は生温い。
ギャラリー側の騒ぎには気付いていないらしい剣城家とそのミキシマックス素材の偉人一名は、
しばし無言のままばちばちと火花を散らしあっていた。

「危ないじゃないか、京介」
「兄さんも打ち返せるだろ。当てきれるとは思ってないさ」

当たらなければどうということはない理論をサッカーに持ち出すのがそもそもの間違いなのだが、
それに対してツッコミを入れられる人間は残念ながら存在しない。
沖田は肩を竦めると、冷たく剣城を一瞥する。

「まぁ何だ、君なら己の力のみで勝ち上がるだろう。俺の応援など必要ないさ」
「尤もらしいことを言えば誤魔化せると思わないでください」

剣城の目からは温度が消えている。シード時代の冷たさを想起させるような表情だ。
偉人や身内に協力してもらうのもどうかと思うが、敵対するのもどうなのだろう。
狂った父兄参観風景に、いよいよジャンヌまでもが瞳の色を濁らせたその時だった。

「安心して、剣城京介。君には究極のサポーターが一人ついているよ」

この場にいた全員は、不意に直接脳内に語りかけてくるような声を聞いた。
辺りを見渡すと、天馬の背後で黒い何かが揺らいでいるのが目に付く。
最初にその異様な存在に気が付いたアーサー王は、
振りかざした聖剣もそのままにして黒衣の何かへと意識を向けた。

「む、お前は……」
「初めましてアーサー王。天馬視点であなたにとってのマスタードラゴンです」
「……何やってんのシュウ」

気疲れで死にかけている天馬が、消え入りそうな声で少年の名を呼ぶ。
突如現れたシュウはくすくすと少女のように無邪気な微笑みを浮かべつつ、
たんっと踵を鳴らして空中へと跳躍した。

「やだなぁ、この事態を収拾させてあげに来たんだよ……ミキシトランス・白竜!!」

声変わり前の叫び声が響いたのと同時に、シュウの髪が変身ヒロインよろしくぶわりと伸びる。
そして黒髪は白銀へと徐々に漂白され、相方の彼と揃いの姿に変わる。
しかし、シュウの変化はまだ止まらない。

「かーらーのー、聖獣シャイニングドラゴン・アームド!!」

シュウの四肢に、本来は白竜の化身である極光を纏った龍が雄叫びをあげながら絡まっていく。
光はやがてバトルスーツとでも呼ぶべきユニフォームに生まれ変わり、シュウに力を漲らせた。

「ちょ、ちょっと? シュウ何やってんの、俺たちまだ白竜引き抜いてないよね」
「ああ。軽ーく強制ミキシマックスしてもらっただけだよ。白竜の意志は聞いてないけど」
「それ無理やりオーラ搾り取ってきたの間違いだろ!?」
「ほう、確かにマスタードラゴンらしい姿だな」

アーサー王だけは納得しているようだがいろいろと前提が狂っている。
天馬のツッコミも、遠くのジャンヌの悲鳴も、硬直している豪炎寺も、
何もかも全て置き去りにして、シュウはふわふわした笑みを氷の冷笑へと切り換えた。

「さて……この姿ってあんまり長持ちしないんだよね。さっさと片付けさせてもらうよ。
 剣城京介以外みんな消し飛べ! 『ホワイトハリケーン』!!!」
「どこの魔王だお前は!?」

辛うじて理性を残していた剣城の叫びすらシュウには届かない。
幻想世界上空が荒れ始める。叫んだ言葉の通りに、何もかもをかき消す嵐が逆巻きだす。
孔明はすかさず太陽の手を引き、千宮路親子の背後へと回った。
その意図を読み取った信長一派もまた、自慢の瞬発力でさらにその後ろに隠れる。
何故なら、大和がこの空間唯一のゴールキーパーだからだ。

「な……くそっ、賢王キングバーン!! アームド!!!!」

チェスの駒を模した化身が大和の背後に浮かび上がり、その刹那に鎧へと変わる。

「シュート……ブレイクっ!!」

迫り来る風の塊を破壊せんとばかりに、大和は化身の力でもってその凶弾を蹴り飛ばす。
しかし、究極たるストライカー・白竜の力を無理やりに吸い上げ、
本人もまた超常の存在であるシュウが放ったシュートは、
ミキシトランスを経由してない大和の力では到底抑えきれないほどの破壊力を有していた。

「ぐああああっ!?」

大和の悲鳴と共に、纏っていた化身の鎧は紫色の結晶に変わって砕け散った。
ホワイトハリケーンは化身の力ですら止めきれず、大和を吹き飛ばして突き進んでいく。
――この大嵐が求めているのは、次なる犠牲者だ。

「はははははっ、まずは一人だね!」
「何やってんだよシュウうううう!? うわああ、千宮路さん! 千宮路さーん!!!」
「蘭丸!! 死者が出ます、立ち上がって下さい蘭丸ーーー!!!」

各地で悲鳴が上がっているが、狩屋と霧野はまるで動こうとはしなかった。
今のシュウは天災以外の何でもなく、人の力では止められないだろうと感じていたし、
二人はこの後の展開を割と冷静な頭で予想できてしまっていたからだ。

「今です!」
「はいっ! ミキシトランス、孔明!! 続けて蒼天の覇者・玉龍! アームド!!」

孔明が白羽扇を振り上げ、雨宮の道を指し示す。雨宮はそれに従い、彼女の力をその身に宿す。
シャイニングドラゴンと同様に白い龍を纏った雨宮の姿は宙に舞い、
大和の力をもってすら勢いを殺しきれずにいる弾丸シュートへと迫る。

「『アトミックフレア』!!」
「なにっ……!?」

火属性の強力な必殺シュートが、ホワイトハリケーンの真横から叩き込まれる。
シュートとシュートがぶつかり合い、圧縮された空気がぎゅりぎゅり轟音を立てる。
やがてサッカーボールには、炎の軌跡が循環し始める。
まるで、風を炎で包み込むように。そして、ボールごと焼き尽くすように。

「……いっけえええええ!!!」

雨宮の叫びは、天に届いた。嵐は軌道を変え、勢いだけをそのままにして行き先だけを移す。
その先には、呆然と立ち尽くす南沢と倉間が居る。
人外魔境に紛れ込んだ、ほぼ一般人に近い、シュートブロック技は持たない者が居る。

「うわああああっ、南沢先輩!! 倉間先輩ーーー!!!」
「ふむ、二名脱落か」

天馬の悲鳴も虚しく、フィールドの隅で爆炎が立ち上る。
一方でアーサー王は淡々と脱落者の数を数え、婿の選定作業に精を出していた。
卒倒しかけたジャンヌを左右から支える霧野と狩屋は、読み通りの展開にため息を零す。

「まあこうなるよな」
「流石にこの一撃じゃあ死なないですよね」
「何で皆さん落ち着いてるんですか……」

青ざめるジャンヌに対し、惨劇経験者は最早動じる気配もない。

「チッ……さすがデストラクチャーズとの戦いで僕の白竜に暴言吐いただけはあるね。
 まぁいいよ、これで三人だ。次は君から滅ぼしてあげる、雨宮太陽!!」
「そう簡単にやられるボクじゃないさ。まだまだ行くよ!」

フランとの戦いすら何故か知っているらしいシュウは、標的を雨宮一人に定めたようだ。
死体の山が増えていくのも厭わずに、シュウは雨宮に向けて二発目のシュートを打つ。
しかし同様に雨宮がそれを蹴り返し、今度は黒裂へと矛先が逸れる。

「くっ……エアーバレットを忘れたのが裏目に出たか。仕方ない、聖帝お願いします!!」
「ん?」

ここにきて初めて口を開いた豪炎寺は、そのまま何ができる訳でもなく爆風の中に消えた。
シュートブロック技を持たない黒裂が、肉の壁として豪炎寺を扱ったからだ。

「豪炎寺ーーー!?」
「うむ、このまま数が減るまでは静観しておくのが上策か。漁夫の利を狙うとしよう」
「はい、信長様」

鬼道の絶叫のお陰で、物騒な作戦会議は当事者以外に聞こえずに済んでいる。
しかし、最早彼らがしているのはサッカーではなく殺戮行為だ。
今ならサッカー禁止令も妥当なものに思えてくる。

「何やってんだよー! サッカーが泣いてるだろ!?」

完全にバトルロワイヤルの会場と化している今、絶叫する天馬の悲鳴は誰にも届かない。
ここでは天馬の悲鳴に素直に従った方が好感度だって高まるのだが、
その打算ができる唯一の存在だった南沢は真っ先に地面に沈んでいる。
更に言えば、この時点で化身アームドができない面々は続々と地に倒れ伏していた。

「大丈夫だよ天馬。僕がちゃんと剣城京介以外全部ぶちのめすから。
 白竜が応援しているんだもの、僕だけは彼の味方だよ」
「それで京介一人を残して、君はどうするつもりなのかな」

いつの間にやらアームド状態になっている優一が、流れ弾を軽くトラップして蹴り返す。
シュウは丑三つ時の空の色のように暗い瞳をすっと細めて、飛来するボールを打ち払った。

「そんなの――僕の白竜を誑かした罰として、ダークエクソダスで半殺しにするよ。
 決まってるじゃないか、言わなくても解ると思ってたけどなぁ」
「やっぱりお前魔王じゃねえか!?」
「……あの人は何と戦ってるんですか」
「天馬と白竜と妹以外の生命体はシュウにとってだいたい敵だな」

ジャンヌの顔色には紫から白にかけてのグラデーションが入っている。
霧野は宥めるようにぽんぽんと軽く少女の肩を叩きながら、「慣れろ」とだけ囁いた。
慣れたくなくともその内諦めがつくようになるのを知っている狩屋は口を開かない。

「だいたいふるいにかかったな。さて天馬よ、お前は伴侶に誰を望む?」
「俺は……この状況が異常だってちゃんと解ってて、サッカーを破壊行為に使ったりしない、
 普通の女の子と付き合いたいなって思います……」

何故かまるで動じていないアーサー王に対して遠い目をする天馬の言葉を耳で拾い、
ジャンヌなら条件を綺麗に満たしているなぁと霧野たちは同時に考えたが、
あの悪意しかないホモ共がそれに気付いた場合まずは彼女を消しにくることも理解しているので、
決して口は開かないで、この騒ぎをシュウが物理的に収束させるのを待つことにした。



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