「よろしく、天馬くん」

――沖田・総司。
幕末の英雄と数えられる剣士が、何の因果か時空最強イレブンへと仲間入りを果たした。

「はいっ、よろしくお願いします! 沖田さん!」
「心強いね」
「百人力だよね!」
「大げさだな」

フェイと天馬がきゃっきゃとはしゃいでいるのを苦笑しながら見送って、
沖田は二人の背後に立ちつくしている少年へと視線を動かす。

「君も……大切な物は守れたかい、剣城くん」
「え、あっ、はい。守りました。守ったんですが」

ふわりと微笑む姿や、時折見せる気迫。剣城は沖田に、自らの兄の面影を重ねていた。
浅黒い肌もアメジスト色の瞳も、決して優一には繋がらないのに、
沖田の雰囲気が不思議と剣城・優一そのひとを想起させるのだ。
優一が纏うような空気にあてられている剣城は、しどろもどろになりながらも言葉を繋ぐ。

「また、パラレルワールドに行き着いているみたいで……」
「……ぱら?」
「パラレルワールドです。貴方の時代でも伝わる言葉で言い換えると、『平行世界』ですね」

途切れた剣城の言葉を、無機質な目を伏せたフェイが拾う。

「僕たちは一度敵の首領を倒し、SA……その首領とも確かに和解したはずなんです。
 けれど、何故かその世界は突然閉じてしまった。
 次に目を開けたとき、僕らは最終決戦前の時間に居たんです」
「……それは平行世界ではなく、時間が巻き戻ったと言わないか?」

沖田の声に、ふるふる……と天馬は首を振る。
青灰色の円らな目に、いつもの力強さは宿っていなかった。
年相応に不安がっている少年の、予想外の自体に対応しきれていない様子に、
沖田は思わず口出しができなくなってしまう。

「違います。俺たちの記憶が残ってるだけじゃなくて、前とは少しずつ違うんです。
 何がどう違うのかはうまく言えないんですけど……」

沖田は少しだけ悩んだ素振りを見せてから、天馬と剣城、フェイをそれぞれ見比べた。
少年たちは、自分たちが成したことが泡へと消えてしまったことに怯えているのだろう。
いくら剣城やフェイが理性的に振る舞っていても、天馬は正直だ。
なら、大人である自分がしてやらなければいけないことは何かを考える。
やがて沖田はふっと優しく緩んだ表情を浮かべて、軽くと頷いた。

「例えば今の世界なら、俺は力だけではなく、一人の選手として君たちを支えられるのか?」

天馬とフェイはその言葉に目を輝かせた。顔にこそ出さないが、剣城も気持ちは同じだ。

「……はいっ! 沖田さんが来てくれたら、ますます時空最強です!」

力強く頷く天馬の顔をフェイが覗き込む。どちらも笑顔は晴れやかだ。
どうやら、沖田の選んだ言葉に間違いはなかったらしい。効果覿面のようだ。

「太陽のときみたいに、また歓迎会しなくちゃね」

沖田は何となく、フェイの表情が以前この時代に現れたときとは違う色を示しているのを察した。
この旅で、彼らは何かを掴み取って生まれ変わったのだろう。

「そうだね! フェイ、みんなに相談してこようよ」
「うん!」

手と手を取り合って駆け出していく少年の背中を苦笑しながら見送れば、
隣からは、はぁ……と重い溜め息がこぼれてきた。
年の割に枯れている剣城の様相に、沖田は緩く苦笑した。

「あいつら、沖田さんを置き去りにしやがって」
「構わないさ。俺も、もう一度君と語らいたかった」

剣城はミクロン単位で目を見開いた。怒り以外の方向ではあまり表情に変化がない男なのだ。
沖田はそれとなく剣城の性質を感じ取り、そこには構わず言葉を続ける。

「君たちの手を取ったときに、君に預けていた力がまた俺に流れ込んできたんだ」
「はい」

その感覚と同じだろう衝撃は剣城も感じていた。
沖田が正式に時空最強イレブンの一員になったとき、
借り受けていた沖田のオーラが、自分の体からすっと抜けていったのだ。
『またオーラを吸い直せば元のように力が使える』とワンダバは言っていたが、
もしかすると剣城にはもっと凄いミキシマックスの相手が居るかもしれない――と、
沖田との再ミキシマックスをするかどうかはひとまず保留になっている。

「多分その時に、君の記憶や心が流れ込んできた気がするんだ」
「は……い?」

剣城の語尾は、意図せず半音上がっていた。
冬の満月のように冷たく揺らいでいたカルサイト色の目が、いよいよもって見開かれる。
沖田はそれに構わず、遠くなっていく少年の背中を見つめている。
そして揺れる八の字に、目を細めてにやりと薄い笑みを浮かべた。

「あれが君の大切なものなんだな」
「……ッな!?」

剣城の白い肌が、好意の行き先を言い当てられた羞恥から朱に染まる。
にやにやと反応を見守っていると、剣城は金色の瞳をきつく吊り上げてこちらを睨み付けてきた。
漸く彼の子供らしいところが見えたと、沖田はくっくっと喉の奥から笑い声を漏らす。
そんな素振りに、剣城はまた沖田の中に優一の面影を見た。
あのひとは、自分が天馬に抱いている好意をネタに弟で遊ぶのが好きなのだ。
そんな面影は一ミリグラムたりとも感じたくはない。むっとした顔で剣城は言い返した。

「お、俺の大切なものは、兄とサッカーで」
「おや、大切だというのに一つ忘れているな。君はあの子も大切にしているじゃないか」

沖田は変わらず笑っている。けれど視線だけは酷く冷ややかだ。
違和感の始まりはここからだった。
突如変わった沖田の雰囲気に、剣城はごくりと息を呑む。
まるで刀の切っ先を向けられたような寒気を感じる。そのぐらいの気迫だった。
――彼は兄とは違う。実際は赤の他人で、歴史上の偉人で、人殺しだ。
指先から急に体が冷えて、ぴしりと凍りついてしまう。そんな錯覚をした。

「子供の強がりを大人に隠せると思うなよ。そうでなくたって、俺は君の中に居たんだから」

心の奥を見透かすような紫苑の瞳が、突き刺さるように剣城を見据える。
剣城は眉を寄せ、拳を握り締めたままぐっと押し黙ってしまった。
沖田は余裕ぶった素振りでくつくつ喉を鳴らすと、ぽんぽんと軽く剣城の頭を撫でる。

「そう怖がるな。大切なら胸を張っていればいい。あのとき、君が俺に示したように」
「あ、あれは、サッカーの話で」
「なるほど。なら、俺は遠慮などしなくていいんだな」

剣城の表情から、更に温度が抜ける。まるで人形のように何もかもが硬化する。
対する沖田もまた、笑みなど浮かんではいなかった。
よく研がれた刀身のように鋭く冷たく輝く目だけが、ぎろりと剣城を見つめている。

「ここが平行世界なら、あの子を俺の物にする結末があるかもしれない」
「は?」
「君の想いが流れ込んできた。そう言えば、聡い君なら俺の言いたい事が解るんじゃないのか」

きゅううと胸が詰まるような閉塞感、それと一緒に、目の前の大人に対する嫌悪が沸き立つ。
瞳孔も猫のように収縮した。本当に猫だったなら、今頃は全身の毛が逆立っていただろう。

「沖田……さん」

金と紫。混ざり合えば黒になる、正反対の色を乗せた視線がぶつかり、空気を凍らせる。
お互いに口が開けないまま、二人の眼差しは交差する。
完全に止まっていた時を動かしたのは、沖田の方だった。

「……く、ふふっ、ふはははっ!」
「は?」

瞬間、空間を支配していた殺気にも似た緊張感が、蜘蛛の子を散らすように一気に霧散する。
いつの間にか思わず止めていた息だって、今なら自由にすることができた。
沖田は肩を震わせながら、くっと爆笑を堪えて身を縮こまらせている。
剣城は、再び羞恥に頬を染めた。なんだか人前に出るのが嫌になった。

「いや、悪い。子供相手に脅かしすぎたな」
「か……からかいましたね」
「君もなかなか面白い反応をするんだな。意外だったよ」

陣羽織の裾で口元を隠しながら、沖田は紫水晶のように冷たく透き通る目を細める。
ぎろりと睨み返してやるが、それすら楽しいらしい。
ぷくくと空気の漏れる音がして、剣城の自尊心は容赦なく傷付けられた。

「そんなに必死になるなら、奪いようがないように力を尽くせばいいだろう」
「もういいでしょうその話は! 他の連中が待ってるんですから、早く行きますよ!」

肩を怒らせながらつかつかと歩いていく剣城の反応に、再度沖田は身悶えた。
かつてザナークたちと繰り広げた死闘の最中に剣城が見せた必死さには、
思わず心を撃たれ、自分で役に立てるならと力を預けたこともあった。
しかし焦がれる相手を奪われかけた瞬間に見せた顔はまさに切羽詰まっていて、
大人びた少年の新たな一面を見れたことに沖田は破顔する。

(あの子をここまで必死にさせるなんて、流石だな)

その言葉は、サッカーにも松風天馬にも向けられている。

「沖田さん!」
「ああ、解っている。今行くよ」

怒鳴る声を聞き流しながら、沖田は歩き出す。
この先の通りに、彼らの乗り物が停車しているのだと聞いていた。
紅葉が散る降る街道を抜けながら、沖田は剣城の背中を見据え、紫苑の目を伏せる。

(君を脅かし過ぎたことは謝ろうか。けれど、言葉に嘘はないんだよ)

沖田の瞳に感情は浮かんでいない。本当は殺気を隠すことだって容易だった。
先程そうしなかったのは、威嚇半分冗談半分だ。
背を剥けてしまっている剣城はまるで気が付いていない。
坂本を斬るために駆けてきたあのときのように、沖田の目が冷たく鋭く輝いていることなんて。

(本当に、この世界なら俺は、俺にも)

暫くの間踏むことはないのだろう自らの生まれ育った時間の、世界の土を蹴り、
沖田は着物の裾を翻して、夢でも見ているような表情で歩き出した。



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