「天馬に余計なこと教えたの剣城くんだろ!?」

雨宮が整った眉を歪め、眉間に深く皺を刻みながら剣城に詰め寄る。
当の剣城本人は素知らぬ顔で雨宮から目を逸らし、ぼうっと中空を見つめている。
何が何だか分からないでいる狩屋たち残りの一年は、
突如立ち込めた険悪な雰囲気におろおろとうろたえるばかりだ。

「なになに、なんかあったの?」

唯一物怖じせずにいる黄名子が、ひょっこりと二人の間に割って入る。
剣城はつんと澄まして何もかもを無視したままだったが、
雨宮は烈火のごとく怒りながらびしっと剣城を指差して吠える。

「剣城くんが天馬にハグキャンセル仕込んだんだよ!!」
「は?」

今の今まで見ているだけだった狩屋から出た声は非常に冷え切っていた。
このホモたちが天馬を囲んでぎゃあぎゃあ騒いでいるのは今に始まった話ではないが、
それにしても話が読めず、また読めたところでこちら側に何のメリットもない。

「ハグキャンセル?」
「うん、いっつも通りに天馬に飛びついたら、ちょっと屈まれて外されたんだよ!」
「ああ……」

何となく想像がついた。ついこの間、フェイもそんなようなことを言っていたからだ。
もっとも、それはフェイが飛びついたわけではなく、
勢い余ってハグしに行ったワンダバが華麗にスルーされたという話だったが。

「ボクは知ってるよ、キミは天馬と信助くんからのハグをことごとく避けるんだよね。
 その要領で天馬にもその技術伝授しやがったよね?」
「鬱陶しいものは避けろって言っただけだぜ」
「ボクが鬱陶しいわけないだろ! 絶対剣城くんが余計なこと仕込んだんだ!」

雨宮が言ったことは間違いではないが当たってもいない。
実際の現場を見ていない以上確定的なことは言えないが、
恐らく雨宮はいつも通りのスキンシップを天馬に試みた物の、
綺麗にスルーされるか剣城ばりの超回避を決められたのだろう。
その技術を教えたのは剣城京介本人という読みに恐らく間違いはないし、
剣城の言葉以上に、主に雨宮を始めとした害虫を避けるように仕込んだに違いない。
しかし。

「いや、どう考えても鬱陶しいだろお前」
「両想いだから全然そんなことないよ?」

自身満々に言ってのけるその根性からして相当鬱陶しい。
そう言ってやれるだけの好感度と図太さが狩屋にはなかった。
鬱陶しいものは避けろ、と本当にそう伝えたなら、雨宮を避けるのは必然だ。

「雨宮、良い事を教えてやろう。あいつには避け方を教えただけだ。
 向こうから来る分には一切制限を加えていない」
「何なんだよその『まあ俺には黙ってても飛びついてくるけどな』みたいな顔!?
 いいよ予言してあげるよ。この前一年分ぐらい喋ってた剣城くんに、
 ホーリーロード後半みたいな大活躍展開はもうないんじゃなかなあ。
 残念だねー。ボクはまだアームドを残してるからハグチャンスが待ってるよ?」
「ハッ……俺はまだあいつとミキシマックスできる可能性を残している」

天馬が二人に構っても冷たくなっても面倒なことになるらしい。
売り言葉に買い言葉でぎゃあぎゃあと低次元な良い争いを繰り広げる二人から、
完全に困惑している黄名子をぐいっと引き離す。
そして狩屋は、完全に濁った目で黄名子の両肩を叩いた。

「お前どっちかとフラグ立てる気ない? この泥沼ホントめんどくさいんだけど」
「うち、ホモの相手するのは嫌やんね……」

菜花黄名子という少女から笑顔が消えた瞬間を、狩屋はこの時初めて目にした。



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