※狩屋くんとバーン様が女体化してます
※話には出てきませんが天馬くんと緑川も女体化しているものと思って下さい
※ガゼバンっぽかったりヒロ玲で基緑っぽい雰囲気があったりします



「晴矢」

幼馴染みという間柄の一番悪いところは、余りにも距離が無さすぎることだろう。
自分の名前を呼んで、柔らかく微笑むこの男はとんでもなく美しいのに、
小さい頃から側に居すぎたせいか、向こうはその頃とまるで変わらない態度で自分に接する。
中学生のころから美形だとちやほやされていたが、年を重ねる程より洗練された美貌。
日に透ける白金の髪色も、空色で切れ長の瞳も、甘くとろけるようなテノールの声も、
彼の成長ぶりは世の女性を簡単に転ばせるだろう程の域に達している。
それに心揺らぐのは自分も例外ではないのに。

「しげ、と」

後退りたくなるが、人一倍高いプライドはそれを由とはしなかった。
ただその場に立ち尽くし、ごくりと喉を鳴らす。

――ああ、茂人が近付いてくる。腕を伸ばして、自分に触れようとしてくれる。

かたかたと震えそうになる足を必死で叱咤して、せめてもの強がりにきっと睨み返す。
かくして幼馴染みは、その辺の女子に「あ、今日はいい日だな」と錯覚させる笑顔を浮かべて、
ぽんと晴矢の頭を一撫でしてその横を通り過ぎていった。

「……は?」
「じゃあ、行ってくるね」
「ん?」

すたすたと情緒もなく歩き去っていく茂人の背中を見つめながら、
晴矢はぷるぷると震え――そして手近な壁を殴りつけ、吠えた。

「この……クソ女ったらしがああああ!!」


爆音と轟音が、決して壁の厚くはないお日様園内に木霊する。
ああまたやってるのか、と狩屋は溜め息を吐きながらコップの中の麦茶を飲み干した。

「晴矢も進歩がないね。さっさと押し倒せばいいだろうに」
「無理だろ。あの子あれでかなり乙女だよ。昔ほど豪傑じゃないさ」

コーヒーを煽りながら淡々と批評する紅白は、さほど興味無さそうに絶叫を聞き流す。
本来お日様園で紅白、と言えば今眼鏡を直している美形――吉良・ヒロトのことではなく、
先程から八つ当たりに興じる彼女と時代錯誤のゴシック服に身を包んだ銀髪のことを指す。
しかし何故その二人がセットで扱われるのかをあまり理解していない狩屋からすると、
どうしても突拍子がない組み合わせに見えてなかなか合点がいかなかった。

「あの子、もともとは君の相方だろ。風介が慰めてくれば丸く収まるんじゃない?」
「残念だが私は魔法使いを志しているのでね……三十を越えてお互いに独身だったら考えよう」
「そう。それはお互いにお互いしか選択肢がなくなったらの言い間違えかな」

髪を掻き上げ、舞台役者のように大袈裟に振る舞う銀髪の青年――涼野・風介を、
ヒロトはばっさりと切り捨ててから呆然としている狩屋に笑いかけた。

「ごめんね、風介が思い切り下ネタ言ってて」

そう謝られたところで、どこがどう下ネタなのかが解らない。
狩屋は面食らった顔をして、すでに空になったコップを握り締めた。

「え、いや……別に……それより、南雲さんと厚石さんっていつからああなんですか」

ヒロトと涼野はしばらく顔を見合わせていた。付き合いが長い分、遡る時間も長いらしい。

「中学のときは違ったね。今は逆だけど、当時は晴矢の後ろを茂人がくっついて回ってた。
 あの頃のことだけを考えるなら私の方が晴矢に近かったんじゃないかな」
「時間、戻せるなら戻したい?」
「生憎だが私はその当時から魔法使いを志していたんだよ」
「早く捨てなってその夢。抱えてるだけ無駄だから。あと中学生女子の前で下ネタは言うな」

言っている意味は解らないが何か最低なネタを連発しているのだろう。
ジト目で涼野を見やるヒロトを見ていれば、それぐらいは何となく察した。

「あんまり覚えてないけど、多分高校とか大学とか辺りじゃないかな?
 それまでは茂人も晴矢にべったりで執事状態だったけど、そのぐらいで自立したし」
「はぁ……」
「何だろうね。別に晴矢じゃなくても女の子ぐらいいくらでもいることに気付い――あ」

ヒロトはそこで口を噤み、そそくさと立ち上がる。
先程までは気取った振る舞いをしていた涼野もまた、凍り付いたかのようにぴしりと硬直した。
二人が見つめる視線の先を追って振り返ると、そこには背景に紅蓮の炎を背負った晴矢がいた。
その瞳には、明らかな怒りを宿している。

「ヒーロートー……?」
「いや、言葉の文だよ。大丈夫大丈夫、茂人は君一筋だって保証する保証する」
「うるせえ、てめえも玲名と緑川で二股かけてるタチじゃねえか信用できるか!」
「は? え、なんでそこで玲名たちの名前が出てくるのか解らな――おっと」

超高速の回し蹴りを避けながら、紅二人が居間を駆け抜け中庭へ疾走する。
(ああ、あの二股って無自覚なのか。可哀想に)と狩屋はひとり目を濁らせていた。
二人をどう思っているのか問い質せば、恐らく「仲間だよ」と言ってのけるのだろう。
そよ風もしくは台風もしくは嵐と評される、身近などこかの誰かのようだ。
あれの場合は命と貞操の危機がかなり近いので早く気付かせるべきに違いないが。

「当たるなら私たちに、でなくて本人に訴えたらいいのに」

呆れたような目で涼野は溜め息を漏らした。
(言えたら苦労しないんだよ)と、狩屋はひとりの女子として素直に晴矢に同情した。
別段誰かに恋をしている訳ではないが、女の本能として晴矢の心境はよく解る。
彼氏ではない男の素振りに一喜一憂して、けれど本人に直接文句は付けられない。
見透かしたような身内にその苛立ちを当たり散らしたくなるのは、それとなく理解できた。
コップを手に立ち上がり、流し台へ向かう。

「そろそろ部活かい?」
「今日は休みです。あとで友達んち行ったりはしますけど」
「そう」

気を付けて、と柔らかく笑う涼野は、渦中の彼と比べれば分が悪いがそこそこに美しい。
先程のヒロトの言葉を省みるに、晴矢にはこのひとを選ぶという手もあったらしい。

(でも選ばなかった)

狩屋は「はい」と小さく返事をして、愛想のいい作り笑いを顔に張り付けた。



「あ、狩屋さん」

お日様園への帰り道で、やたらと耳障りのいい声が背中に落ちてくる。
振り返れば、朝一の騒ぎの元凶である美形がやんわりと微笑んでいた。

「……厚石さん」
「今帰りかい? ご苦労様」
「今日は部活じゃないですよ」
「そっか」

言いながら、茂人は狩屋の手荷物をひょいと取り上げた。
目をぱちぱちと瞬かせながら、狩屋は頭上のアイスブルーの目を見つめる。

「持つよ。階段多いから、大変だろ」

美形の笑顔に、狩屋は不覚にも一瞬思考を飛ばしかけた。
霧野や神童のような女性的な美しさや、剣城のように影を背負った美形は見慣れているが、
茂人の美貌がどれほどの物なのかを直視したことはなかった。
今朝顔を合わせたヒロトや涼野もカテゴリー的には美形の分類だろうが、
これは女の本能がぞくりと煽られるような物だ。
狩屋には、自分が美形慣れしている自覚があった。美形の基準値が狂っている自覚もあった。
茂人のそれは、その狂ったハードルを軽々と突破していた。どくどくと胸が高鳴る。

「……いいんですか。南雲さんに見られたら、すっごい怒鳴られますよ」

くらくらとした目眩とやたら顔が熱くなっているのを悟られないように、俯いたまま悪態をつく。
次に思考を止めたのは、茂人の方だった。
暫くの間彼はぴくりとも動かなかったが、やがて耐えられなくなったのだろう。
ぶはっと吹き出し、腹を抑えて震えていた。

「あはは、何、それ。すっごいな。晴矢が妬いてくれるみたいだ」
「みたいじゃなくてそう言ってるんですけど」
「うん、ありがとう。そうだったら嬉しいんだけどな」

ひとしきり笑った後、茂人は少しだけ寂しそうに目を伏せた。

「でも、多分無理だよ。だってあいつ、俺が好きな訳じゃないから」
「は?」

その声は少しどころでなく棘のあるものになってしまった。
狩屋が見る限り、どう考えても彼女は茂人に思いを寄せている。
今朝方ヒロトに蹴りかかっているのを見たのもそうだが、彼女は相当態度に現れる。
けれど茂人はそう思わないらしい。

「晴矢は俺が好きなんじゃなくて、俺がどっか行くのが嫌なだけだよ。昔からそうなんだ。
 飽きた玩具でも食べ残しでも、他の誰かに取られそうになったらすっごい怒るんだよな」

影を背負った美形が果てしない破壊力を齎すことは剣城でよく理解していたはずだが、
十以上年上の男がそうするとより一層凄まじいことになるのだと狩屋は今初めて見知った。

「……そ、うでもないと、思います、けど」
「ありがとう」
「いや、その……」

(ダメだこの男話を聞く気がない)と、狩屋は一人唇を噛んだ。
狩屋の心中なんて知る由もないらしい茂人は、くすくすと笑いながら荷物を持ち直す。

「愚痴ってもいいか?」

狩屋は殆ど条件反射で頷いた。訪ねる割には有無を言わせるつもりなどなさそうだったからだ。
神童の手口に似ている。どの世代でも顔がいい輩の取る戦法は同じなのだろう。

「晴矢が俺に引っ付いてくるようになったの、俺が晴矢に構わなくなってからなんだよ」
「……それって」

他に好きな女子でも見つけたからですか、と。
狩屋はオブラートに包むことも忘れて直球で口にしてしまった。
それは自分の推測ではない。ヒロトの妄想だ。けれど、それが茂人に伝わるわけでもない。

「まさか。俺は晴矢だけ――あ」

茂人は「今のは内緒だよ」と慌てて取り繕ってから、こほんと一息ついてまた話し始めた。

「いろいろあってさ、晴矢は他に好きな人が居そうだったから俺は身を引くことにしたんだよ。
 そうしたらこれだ。酷いよなあいつ、諦めさせてもくれないなんて」

言いながら茂人はすたすたと歩いて行ってしまう。けれど離れすぎることはない。
こちらの足が止まっているのを悟れば立ち止まって、微笑みながら待っていてくれる。

「早くしないと暗くなるよ」

茂人は女の扱いに酷く慣れている。荷物は持つし、早く歩きすぎることもない。

(ああ、これって全部南雲さんのための動きなんだ)

言われなくても狩屋は理解できた。「執事状態」とヒロトが言ったことの意味も何もかも。
身を引くことにしたと茂人は言った。その頃から二人のやりとりが逆転したとヒロトが言った。
今朝、晴矢は「女たらし」と茂人を罵り、ヒロトが二股をかけていることを詰った。

(あのひと、厚石さんが自分以外の女にも迷わずこうするって解ったから焦ったんじゃないのか)

そしてきっとその時初めて理解したのだろう。これは自分の物だと、手放したくないと。
それを茂人は「子供が癇癪を起こしているだけ」としてあしらっているようだが、
実際のところは彼が妄想する通りに妬いているだけだ。しかも、かなり熱烈に。

「……厄介ですね、幼馴染みって」
「俺もそう思うよ」

きっと茂人以上に、晴矢が厄介に思っているはずだ。
狩屋は自分の笑顔が引きつっているだろうことに気付いている。
何せ、凄まじく嫌な予感がするのだ。



「し……げ、と」

玄関先で待ち構えていた紅は、案の定背景に地獄の業火を背負った状態で震えていた。
わなわなと小さな体を揺らす晴矢は、茂人と狩屋とを交互に見つめて涙目で睨みつけてくる。

「ただいま、晴矢。あ、これ部屋まで持っていっておくよ」
「え? あ、はぁ……」
「なっ」

相手が十も年下の小娘相手とはいえ、他の女子に甲斐甲斐しくする姿は受け入れ難いらしい。
健気に玄関で待っていたにも拘らず自分をスルーしてすたすたと歩いていく後ろ姿に、
晴矢は半泣きで凄みながら狩屋の襟首を掴み上げた。

「うわっ!?」
「か、勘違いすんなよ!? 茂人の奴、誰にでもこうなんだからな!
 杏にも穂香にも華にもそうだしっ、愛にも由紀にもクララにもだし、マキとか風子とか……」

言っているだけで苦しくなったらしい。
晴矢はぐっと拳を握り締め、手近な壁を殴りつける。どん、と鈍い音が建物中に響いた。

「……あンの、糞フェミニストぉぉぉ!!!」
「はいはいまた例のアレ――って、何狩屋に掴みかかってるんだお前は!?」

轟音でやむを得ず顔を出したヒロトが、シチュエーションに動揺して慌てて二人を引き剥がす。
だってだってと喚く晴矢をなだめすかすヒロトを尻目に、
いつから見ていたのかも解らない風介が気障ったらしいポーズを取りながら頭を抱えている。

「だから私は言ったんだ。どうせあれに断る甲斐性はないんだから、君から押し倒せって」
「出来たら苦労してねえよ!?」
「暴れるな! 風介も煽らないでくれ! ああもう、危ないから狩屋は早く部屋に帰るんだ!」
「……はあ」

大人たちの喧騒に口を突っ込む気はないが、これ以上巻き込まれる気もない。
さっさと収まるように収まればいいのに……と、狩屋は今日一日で一番長い溜め息を吐いた。



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