久しぶりの里帰りをした南沢の家に赴いた天馬は、そこで奇怪な物を見た。

「よう」

不敵な笑みを浮かべる南沢が身に纏っていたのは、闇色の軍服だった。
一度見たきりだが、月山国光サッカー部顧問の衣装からマントを取って黒くしたような、
どこか既視感のある正装を南沢はかっちりと着こなしていた。

「わ……」

軍服姿は美しかった。今の南沢はまるで非日常の塊だ。
ただし、一般家庭の玄関先でそれを見てしまったため、コスプレ感が拭えないのだが。

「え、コスプレか何かですか」
「失礼だな。正装だぞこれ」

肩を竦める南沢に対し、天馬が送る視線は好奇が八割を締めている。
軍服を着た同年代の少年など、普段日常生活を送る中ではそうそう見ない。
リビングまで通されても尚、募る違和感に意識がいく。

「月山国光って、制服と礼装の二種類あるんだよ。今日着てるのは礼装」
「はぁ……ってことは、兵頭さんとかも着てるんですね」
「ああ。似合ってなくて凄いぞ」
「そうなんですか?」

南沢が纏った軍服と記憶の中の兵頭を照らし合わせてみるが、とてもそうは思えなかった。
時代錯誤感は否めないだろうが、なかなか似合うのは間違いないだろうと天馬は首を傾げる。
想定している似合い方のジャンルが、そもそも南沢のそれとは違うのだが。

「南沢先輩は……」

頭の先から足元まで目線を何往復かさせ、やたら自信に満ち溢れた笑顔で視線を止める。
どう見てもただのコスプレだが、口惜しいことに様になる程の美貌を南沢は兼ね備えていた。
本人は何の気なしに振り返っているつもりなのだろうが、
普通の男子ならこの気取りようには苛立ちを覚えるに違いない。

「……先輩は、なんでも似合いますね」
「まあな」

オブラート越しの真意には気付いていないらしい南沢は、垂れた前髪をさっと得意気に掻き上げた。
その仕草は彼の癖らしいが、天馬からすれば自分を誇示しているポーズに見えて仕方がない。
これは孔雀が羽を広げて求愛行動に出るようなものなのだろうと認識している。

(この自信が半分でも俺にあったら、人生楽しいんだろうなぁ)

そう思いはするが、一生かかってもここまで自意識過剰には振る舞えないことは解っている。
何せ南沢はただプライドが高いのではなく、裏打ちされた実力を兼ね揃えているのだ。
ただし、運動神経や頭の切れ、美貌が優れていることを本人が自覚しているのは問題だろう。
南沢はそれを躊躇いなくひけらかす。相手が鬱陶しがることは理解していないからだ。
威風堂々たる南沢の振る舞いに、天馬の目は否が応でも濁っていく。

(そこが玉に瑕……に思えないんだよ、悔しいけど)

それでこそ南沢だと感じてしまう辺り、すっかり彼に毒されているのだろう。
諦めに近い心境で、天馬は南沢の目を見つめ返した。
金の輪郭を持つワイン色の双眸は、やはり自信に漲って爛々と輝いている。

「お前も着てみるか? サイズはそう変わんないだろ」
「え……多分、似合わないと思いますよ」
「だろうな」

自分から提案した割に、南沢はばっさりとそう切り捨てる。最初からそれは承知の上らしい。

「お前じゃ七五三だ」
「……コスプレっぽいのは否定しないですけど、七五三は酷いです」
「ついこの前までランドセル背負ってたんだし、似たようなもんじゃないか?」
「それなら、先輩とだって二つしか違いませんよ」

ムッとして眉を寄せる天馬に南沢は柔らかく微笑み帰すと、わざとらしくその場に膝を突く。
黒衣の軍人より、少女向けの御伽噺に出て来る白騎士がするようなポーズだ。
そのまま左手を取られて、甲に唇が落とされるまでの動きが、何故かスローモーションに見えた。
きっと今晩夢に出る。ここがリビングでなかったら、確実に流されていた。
ごくりと喉を鳴らしながら、天馬は呆然と立ち尽くす。

「はいはい。機嫌直してくれよ、お姫様」

まるで、役者が舞台の上で騎士の役を演じているかのような恭しさだ。
自分が同じ動きをしたところで、評価は学習発表会が関の山だろう。
そこそこ顔がいいせいで何をやっても美しく見えるのが腹立たしい。

「俺、お姫様じゃありません」

刺々しい、可愛らしさの欠片もない声で返事をして、ぷいと視線を逸らす。
けれど、眼下の南沢はくつくつと喉を鳴らしながら笑いを堪えているだけだった。

「解ってる。お前の方が王子様だ。俺に掛かっていた魔法を解いてくれたからな」
「サッカーの話ですよね」

釘を刺すようにそう付け足すと、南沢は大袈裟に肩を竦める。

「勿論? まぁ、望むなら――それ以上も付けてやるけど」

薬指に唇を押し付けられる。性行為中に感じる類の寒気が、ぞくりと背筋を駆け抜けた。
見上げてくる金縁の瞳に、ポーズ通りの清廉さはない。
宿っている光は、こちらへの制服欲を隠そうともしていないぎらついた煌めき。
否定や拒絶などを一切考えに入れていない、ポジティブにも程がある輝きだ。

「……か、顔がいいからって調子乗らないで下さいね!」
「乗ってねえよ」

あまり抵抗する気が起きないのは、物珍しい衣装のせいだろうか。
天馬はめまいのような頭痛を覚えながらも、手を振り払いはしなかった。
落とされる唇を拒むことだってできやしない。南沢のなすがままに流されている。
くつくつと堪えるように笑う南沢を見下ろしながら、天馬は膨れることしかできなかった。



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