「思ってることはちゃんと口に出さないと駄目だぞ京介。
 気持ちなんて、自分で考えてる以上に相手には通じてないんだからな」

兄が俺にそう言った理由が俺には解らなかったが、今ならはっきりとわかる。
丸く見開いた青灰色の目(かわいい)、微かに開いたまま強張る唇(舐めたい)、
胸の前で軽く握られた子供みたいに柔らかい手(あざとい、だがそれがいい)、
そして凍り付いた表情(笑顔の方が好きだ)。
天馬はどこか呆然とした様子で、俺を上目遣いに見上げながら言う。

「えっと……俺と剣城、ただの友達だよな? 付き合ってないよな?」

結構露骨にやってたつもりだったんだが、こいつは俺の気持ちに全く気付いちゃいなかった。

「だってお前、試合中によく抱きついてくるだろ」
「いや、あんなの友達同士のじゃれ合いだってば。輝ともやるし」
「……相手に勘違いさせたくなかったら、やめた方がいい」

それに、俺としても影山に抱きつくお前なんか見たくない。
お前が影山に対して友情以上の気持ちを抱いていないことは重々承知だが、
気分はあまり良くないし、もし影山が思い違いをしてしまったら面倒臭い。
そんな俺の気持ちは、今度こそ正しく通じたらしい。

「そうだね……現に今すっごい困ってるしね……」

天馬は深海のように底が見えない濁った目で、足元ばかり見ている。
解ってくれたならいいんだが、「現に今すっごい困ってる」の意味がよく解らない。
もしかして誰か勘違いをした野郎に絡まれているんだろうか。殴り飛ばしてやればいいか?

「あ、そういうのは大丈夫……絵的におかしなことになるから、剣城は何もしなくていいよ」
「そうか?」
「うん」

ふるふる……とやたら愛らしい首の振り方をする天馬に生唾を飲み込む。
自分でも驚くぐらいにゴクリと盛大な音が鳴ったからか、その瞬間にびくりと震えられた。
ああ、まだそういうことは嫌なんだな。待ってやらなくもないから、十メートルも逃げるなよ。

「天馬」
「な、ななななな、何かな!」

何で携帯電話を握り締めてるんだろうあいつ。どこに何を伝えたいんだ。
――伝える。はっきりと口に出して言う。
そうだな。大事なことだ。俺にとっても、きっと天馬にとっても。

「好きだ」

天馬の顔が蒼白に染まる――何でこいつは照れるときに青くなってんだ?
普通赤くなるもんだろ。まぁ、多少変だが嫌いにはならないから安心して欲しい。
ずんずん距離を詰めてやると、天馬はかたかた震えながら携帯を取り落とした。

「え……ええええ……」
「お前が困ってるのって、俺が何も言わなかったからなんだよな。悪かった」
「え、違う違う違う。そこはそんなに困ってないよ。寧ろ言われたから困ってるっていうか」

慌てる天馬の両頬を手でそっと包んで、軽く傾けた顔を近付けたら、
天馬の喉からひゅっと空気が通り抜ける音がして、あとは唇に柔らかさを感じた。
天馬に触れてる手のひらと唇だけが熱い。
俺が反応してるだけなのか、天馬が子供体温なのかは解らないが。

「えっ……つ、るぎ」

相変わらず顔面蒼白のまま俺を見上げる天馬にもう一度キスしてやったら、
やっぱり天馬は青ざめたまま目を見開いて俺の胸に手を押いた。
いや、押し返そうとしてるのか。両手で必死に突っ張ってやがる。照れなくていいのに。

「好きだ、天馬。お前だけだ、お前が居たから俺はこうしてここにいる」
「剣城、落ち着いて。ゆっくり話をしよう」
「ああ。これからお前のこと、いろいろ聞かせてくれ」

天馬は悲哀に満ち満ちた表情で足元ばかり見ている。

「そうじゃない、そうじゃないんだよ剣城……」

じゃあどうなんだよ。ハッキリしろよ。



俺一人では埒があかなさそうだったから、今回のことを兄さんに相談してみたら、
兄さんは蜂蜜みたいな綺麗な琥珀色の目を混濁させながら俺を見つめ返してきた。

「京介。人の話はちゃんと聞かないと駄目だぞ。
 自分が思っている以上に、相手の気持ちを汲み取るのは難しいんだからな」

兄さんが何で泣きそうになってるのか、俺にはよく解らない。



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