「ボク、日食って嫌いなんだよね」

ベッドの上で膝を抱えた雨宮は、ペリドット色の目を伏せて溜め息を吐く。

「だってさぁ、太陽が隠れちゃうんだろ。漢字も日食って……日が食べられる、って書くし」
「それでちっちゃい頃に虐められたの?」
「そんな感じ」

唇を尖らせて毒づく雨宮の様子はふてくされた子供そのものだ。
想像もつかずに首を傾げている天馬に向けられた視線は、鋭い。

「天馬には解んないんだよ。遠足とか修学旅行の写真買うときに、
 誰かが顔に被ってる写真があったら『日食起きてる!』ってネタにされる苦しみは!」
「うわぁ、確かにそれはつらいかも……ごめん!」

膝の間に顔を埋めてわああと泣き真似をする雨宮に、天馬が慌てた。
仕草が子供以外の何でもないおかげで悲壮感はまるでないが、
基本的に善人なので、自分が泣かせてしまった気分に陥っている。

「ごめん太陽、やなこと思い出させちゃって……俺はそんなこと言わないよ」

天馬の声に、雨宮の顔が上がる。やはり嘘泣きだったので、その表情は普段通りだ。

「ホント?」
「ほんとほんと」

気分を晴れさせるためのサービスとして、天馬は親がするように雨宮の頭を撫でた。
雨宮は無表情にそれを受け入れていたが、やがて瞳に剣呑な光を宿らせて笑う。

「もっと別の慰め方がいいなぁ」
「ん?」

言うが早いか、天馬の体はベッドの上に引き上げられた。
そしてそのまま柔道の授業でしか受けないような勢いで世界が反転し、組み敷かれる。
見上げた雨宮の表情は逆光でよく見えないが、恐らくにやにやと笑んでいるのだろう。

「た、太陽?」
「太陽が食べられちゃうのはやだけど、天馬を食べちゃうのはアリだよね」
「太陽!?」

伸びてきた手が、天馬の衣服を手早く剥ぎ取っていく。

(ああ、今までの話、全部これに繋げるための前フリだったのか)

天馬はこうなって漸く雨宮の目論見を悟った。
それと同時に、意外とまどろっこしいことをするな……とも思う。

「太陽! こら、やめろよ! 冬香さんが来るだろ!」
「やめないよーっだ」
「かわいく言ってもダメだからな!?」

それとなく抵抗しているが、天馬が完全には拒絶していないことを雨宮は悟っている。

「ねえ、大人しく食べられてよ」
「…………」

釈然としない何かを感じながらも、天馬は余計なことを考えるのはやめにした。
両手両足の力を抜いて、はぁ……と重たい息を吐く。
近づいてくる雨宮の唇が、意識ごと天馬を食んでいった。



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