神童拓人という人物を形容する言葉には様々なバリエーションがある。
もし通知表や面接用の自己PR文を書くとするならば、
責任感があるだとか、周りのことをよく見ているだとか、リーダーシップがあるだとか、
二年ながらにサッカー部のキャプテンとして部員たちをまとめ上げる彼を評するだろう。
また、彼に淡く仄かな想いを抱く少女たちが神童を語るのだとしたら、
きっと美貌や文武両道さ、もしくは類い希なるピアノの腕前にあらゆる賛辞を送るに違いない。
その一方で、すかした奴だと、いけ好かない奴だと罵るものだって居る。
例えばサッカー部に以前在籍していたとある三年男子などは、
嫌みったらしく神童を酷評していた。
――彼の名誉のために付け足すと、今はきちんと和解し、
サッカーを愛する仲間として向き合えたのだが。
では、彼を一番良く知るであろう幼馴染みの霧野・蘭丸から見た神童はどうだろう。
答えは簡単である。

「金の力を持ったストーカー気質のネガティブな変態」

霧野は顔色一つ変えずにそう言い切った。狩屋や西園が絶句するのにも厭わなかった。
神童拓人そのひとを語る霧野の瞳は決して濁っているわけではないが、
澄んでいるとも言い難い不透明なターコイズブルー色をしていた。

「え、何なんですかそれ」
「いや、それ以外の比喩とかないだろ」

それ以外の可能性などあり得ないとばかりにきっぱり断言する。
その剣幕に思わず狩屋は気圧された。とんでもない迫力だったからだ。
霧野の表情はどこか疲れきっていて、既に顔色が「もう勘弁してほしい」の領域である。

「だってあいつ、頭おかしいだろ。
 結果的にみんな正直にサッカーやるようになったからいいけど、
 要するにこの革命って神童が天馬に惚れたせいで始まったんだぞ。
 神童がホモだったからみんなで本当のサッカー取り戻そうぜって流れが生まれたんだぜ?」

当事者たち以外には極力秘匿しておくべきであろう四方山話に、狩屋の目も思わず遠くなる。
なんとなく聞き及んではいたが、いざその戦歴を語られると背筋が冷えた。

「ああそうだ、忘れてた」

付け足すように霧野は言う。

「面倒臭い」

霧野に悪びれた様子はない。
本人に聞かれたところで負い目も引け目もないに違いなかった。
長く付き合っていると遠慮なんて微塵もなくなるのだろうか。
幼馴染というものが居ない信助にはまるで解らなかったが、
霧野の口からは根本的に貶し文句しか出て来なかった。
そういえば、葵と天馬のやり取りには距離感など一切合切なかったかもしれない。
嫌な面も含めて理解して、それでも繋がりがきれず友情を結べるのだから
腐れ縁もとい幼馴染なのだろうか。
ともあれ、神童拓人を形容する言葉は色とりどりで様々だった。一部酷評しかなかったが。

「で、俺が気になるのはさ。天馬くんがキャプテンをどう思ってるのかなんだけど」
「え」

急に話題を振られた天馬は、ぱちぱちと青灰色の目を瞬かせる。
軽く首を傾げる天馬の姿を多少あざとく感じなくもないが、
これが素なのも知っているので、狩屋はそこには突っ込みを入れずに話を続ける。

「ほら、誹謗中傷は色々あったけどさぁ。恋人の立場としてはどうなのかなって」
「恋人……」
「天馬、デレっとしてる場合じゃないよ。
 あと、今の狩屋の言い方だと誹謗中傷しかなかったよ」
 
雷門中サッカー部一年生内で意図的に狩屋がボケる場合、
その場に輝が居なければ信助が突っ込むしかないという異常事態が発生する。
そんな余談はさておいて、天馬はぽーっと頬を紅潮させながら、
愛しの彼である神童拓人の事を思い耽る。

「そうだなー、キャプテンかぁ。キャプテン……」

ほうっと甘ったるい息を吐いて、天馬は目を伏せた。

「一言で言うなら、王子様だよね」
「白タイツ?」
「なんでそういう連想するかな!?」

狩屋の目的が揚げ足取りだからだ。
それを天馬に申し伝える役を誰も請け負っていないので、狩屋の真意が伝わることはないが。
気を取り直すための咳払いをひとつ入れて、天馬は言う。

「そうじゃなくて、キャプテンってお城みたいな家に住んでるし、
 勉強もサッカーも何でもできるし、ピアノも弾けるし、かっこいいし……
 まるで王子様だなあって」
「その代償としてストーカー気質のホモだけど」
「違うよ!?」
「狩屋、ちょっと黙ってた方がいいと思う」

弾くようにして叫ぶ天馬を見つつ、
正直相手をするのが面倒になってきている信助はそう狩屋を制する。
幸いにも、天馬は信助の内心を察しはしていなかったらしくふわふわ幸せそうに笑うのみだ。

「と、とにかく、キャプテンを一言で言うと……何て言うか、その、好きだなって思うよ?」

ぽーっと頬を染めて、天馬は幸せそうに言う。
その背後で剣城が恐ろしい形相で呪詛を吐き出して輝に怯えられていることにも、
倉間が恐ろしい不機嫌さで近くの速水に当たり散らし始めたことにも全く気付かずに。
男の嫉妬は見苦しい、という言葉がある通り、
本当に見苦しい何かなので、気付く必要はないのだが。

「あーはいはいはい、犬も食わないようなノロケと約二名に対する死刑宣告は別にいいよ」
「狩屋が聞いてきたんだろー? っていうか死刑宣告?」
「細かいこと気にしたら負けだよ天馬」

気にされてこれ以上話がややこしくなるのは避けたいので、
信助はばっさりと背景を切り捨てた。
霧野の思考がなんとなく理解できるような気がした。面倒くさい、ただそれだけを言いたい。

「そういう狩屋は、キャプテンのこと何だと思ってるんだよ」
「んー、それは……」

狩屋は一瞬だけ目を伏せて、言葉を選ぶ。
しかしその一瞬だけでも、世界と言うものは簡単に転がって行くものだったらしい。

「天馬!」

凛としたよく通る声変わり後の少年の声が、フィールドに響く。

「キャプテン!」

声を聞いただけで立ちあがった天馬が、
尻尾を振る犬よろしく現れた神童に向かって突撃する。
神童はそれをぎゅっと抱きとめて、背景に花もしくは点描を背負いながら柔らかく微笑んだ。
一方で、狩屋はうげえと砂でも吐きそうな声を上げた。
基本的にこのバカップルは精神に有害な存在だ。

「何を話してたんだ?」
「えっと、キャプテンの話です! キャプテンってすごいなーって話してました!」
「何だそれ……天馬はかわいいな」
「はい?」

王子様という表現もあながち間違いではないような優雅さでもって、
神童は天馬の頭を軽く撫でる。
背後から盛大な舌打ちの音が聞こえるのは気にしない。
どうせ見た目だけが正反対で中身はそう差のないツンデレが、
負け惜しんでいるだけなのだから。

しばらく二人は軽いスキンシップを続けていたが、
やがて神童がふっと表情を暗くして目を伏せた。
少女のように長い睫毛が、不透明なチョコレート色の瞳を翳らせる。

「……でも、少し妬けた」

神童の長い指先が、天馬の両頬を包む。

「天馬が俺だけを見ていてくれてるのは解っているけれど、あんまり狩屋と仲がいいから」

信助が若干ムッとした。
小さすぎて、もしくは敵とすら認識されていなくて視界に入っていないのが不快らしい。
――認識されたら認識されたで面倒くさいので、訂正しに行こうとは思わないが。

「……俺が好きなのは、キャプテンだけですよ」
「天馬……」
「キャプテンっ」

見つめ合う二人は幸せそうだ。
周りはうんざりしていたり、殺意を抱いたりといろいろ事情があるようだが、
少なくとも狩屋と信助の目は冷え切っていた。
ほわほわ漂うピンクのオーラに眉をしかめながら二人を見やる目は非常に生ぬるい。

「ねえ狩屋、キャプテンのことどう思う?」
「そうだね」

目を伏せる。グラスグリーン色をした狩屋の釣り目が、信助を切なげに見つめ返す。

「本人もその周りの喧騒もあんまり直視したくない」

放置しきっていたせいで阿鼻叫喚の様相を醸し出し始めた倉間と、
剣城の八つ当たりを視界に入れないように適度に顔を逸らしながら、
狩屋は猫を被っていた時の笑顔そのままに言った。

当事者たちを除いた雷門中サッカー部の中での神童の評価は、
ここのところこんな調子で低迷している。



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