聖帝・イシドシュウジ(仮名)の目に飛び込んできたのは阿鼻叫喚の惨劇だった。
具体的に言えば数人掛かりで砂木沼を抑えつけるレスリングさながらの暴動である。

「何があった」

ミクロン単位で目を見開いた豪――イシドは、ひとまず手近にいた征木の肩をぽんと叩く。
すると、まだ一年生である彼は堪えきれないとばかりにイシドへ飛び付いた。

「聖帝いいいっ、コーチが、砂木沼コーチがあああっ!!」

砂木沼がおかしいのは見て取れる。重要なのはその先だ。
まずは落ち着いて話を聞かせてほしい――以上三点を集約させ、イシドは口を開いた。

「ああ」

尚、イシドシュウジは常日頃から妹や側近たる宇都宮・虎丸らを始めとした身内一同に、
「何を考えているのか解らない」「説明が足りない」「ボールを蹴る前に口を動かせ」など、
本人に言動に根本的な説明が一切されていないことをボロクソに言われている。
しかし自覚がないので、中学生当時から説明不足がまるで改善されていなかった。

「落ち着け征木、ちゃんと説明しろ」

結局、善意の第三者がそれを訂正する羽目になる。

「はうっ、すみません黒裂キャプテン」
「俺に謝るのは後でいい……で、聖帝。砂木沼コーチのことなのですが」

黒裂が、切れ長の目を更に細めて眉をしかめた。唯ならぬ雰囲気に、イシドも身構える。
そして決意表明とばかりに、軽く首を傾げた。そのうちアハ体験を実感できる程度の角度で。

「その……後半戦の試合に出られないことに俺たち以上にエキサイトしておられまして。
 確かに我々も急に出場権を剥奪され、やるせない気分にはなっているのですが、
 あの騒ぎ様を見ていると……頭が冷えたといいますか……」
「ああ」

この「ああ」は了解の意を示すものだ。
イシドシュウジは目を伏せる。そして、自分の頭で考えられる選択肢を総当たりする。

(砂木沼の身内に止めてもらおう)

結論は他力本願だった。何せ、それほど砂木沼に親交があるわけでもないのだ。
しかし更なる問題が重なる。頼れる他力に心当たりがない。
最初に思い当たったのは瞳子だったが、連絡先を知らない。
よしんば知っていたとしても立場的に連絡していいのかが微妙だ。
連絡先を知っていそうな円堂は雷門中の控え室に居る。流石に会いには行けない。
ヒロトの名前も浮かんだが、相手の頭が良すぎるので今は連絡を取りたくなかった。
砂木沼を宥めるついでにと秘密や今後の作戦を聞き出されそうだからだ。
次に思い当たった源田もまた直接の連絡先が解らない。
まず間違いなく繋がりがあるだろう鬼道の居場所もまた雷門中の控え室で、
佐久間も相手の頭が良すぎて連絡したくないとまさに八方塞がりだ。

「……いや」
「聖帝?」

黒裂の声は当然ながら耳に届いていない。
源田なら不動でも何とかなるかもしれない、と思考回路が弾き出したので、それに必死だった。
不動もまた雷門寄りの動きをしているのでイシドから直接の連絡は難しいが、
虎丸を経由し飛鷹へと回せば連絡ぐらいはできるのではないだろうか。
また、唯一大手を振って連絡できるアフロディを経由してバーンを頼り、
エイリア学園内の身内を呼んでもらう手もあるだろう。意外となんとかなるかもしれない。
自らの人脈、今風に言うのならキズナックスの広がりに思いを馳せた結果、
聖帝・イシドシュウジの結論はついに一つに固まった。

「黒裂」
「はい」
「間もなく後半戦だ、私はピッチに戻る」

サッカーの神の申し子たる黒裂が盛大にずっこけた。美しさなど欠片もなかった。
イシドの出した結論は要するに「時間ないしとりあえず今は諦めよう」である。
サッカーについては一切の妥協を許さない豪、イシドシュウジであったが、
サッカー外のあれこれに関しては比較的大雑把だった。
それが元凶で「いつもお前は遅いんだよ」と唯一無二の親友に長年罵倒され続けている。
しかし省みないので改善されない。

「え、ちょ、ちょっと聖帝、聖帝いいいいい!!?」

黒裂の絶叫を聞き流して、イシドは控え室を後にする。
長い控え室の廊下を歩きながら、旧石器時代における黒曜石の鏃のような黒目を伏せた。

「さぁ円堂、お前のサッカーを見せてくれ」

イシドシュウジの長所は切り替えが早いことである。



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