※天馬くんは女の子



「倉間先輩、絶対身長伸びちゃダメですよ。そのままでいてくださいね」

神妙な顔で俺にそう言ってのけるデリカシーのかけらもない女を蹴り飛ばせないのは、
所謂惚れた弱味っていうやつにカウントされちまうんだろうか。
先輩に告げるものとは思えない暴言を吐いたこの女、一年女子の松風・天馬は、
なんとも名状しがたい心の病――美形への恐怖症を患っている。
向こうからも嫌われている分にはなんとかなっていたらしいんだが、
サッカー部の名だたる美形たちが天馬に好意を示したあたりからが怒涛だった。
微笑む神童からは全速力で逃げ、剣城が近付いただけで悲鳴を上げ、
吹っ切れた勢いでいっそ気持ち悪いレベルにまで浄化されきった南沢さんに至っては、
見てるこっちが可哀想な気分になるぐらい拒絶しきっていた。

「倉間はちっちゃかわいくて良かったよね」

浜野が何とも言えない顔で俺を見る。うるせえ変なフォロー入れんな悲しくなるだろ。
非常に失礼な判定を下す美形探知機の天馬にマトモな応対をして貰えるのは、
悲しいかな美形扱いされなかったらしい三年生の先輩方に錦に加えて、
あいつより身長が低いおかげでかわいい認定をされているらしい西園と俺ぐらいだった。
全く、先輩および一人の男としては誠に遺憾であるとしか言いようがない状況だ。
美形にカテゴライズされないのはこの際どうでもいいが、
「かわいいから正義」扱いを年下の女子からされるのは癪に障る。
そして震える俺なんかに気付きもしない天馬は、両手で顔を隠しながら言ってのけるのだ。

「かっこよくなっちゃだめです。ほんと、是非そのままでお願いします」

人のコンプレックスを遠慮なく串刺しにする無神経な発言だが、
それに対して「お前一回ぶっ飛ばすぞ」とも言えなかった。
だって多分こいつが本当に怖いのは、きっと美形なんかじゃない。
天馬が本当に怖いのは――好意だ。それも極めて恋愛に近い何かの。
浜野や速水に一乃たちには多少逃げ腰でもそれなりに会話できているし、
狩屋や影山にだって随分心を開いて談笑できる程度にはなった。
霧野に関しては「男性と話してる気がしない」とか言って阿修羅を呼び覚まして以来、
美形嫌いとはまた別の恐怖を抱いちまってるみたいだけど、
神童と剣城と南沢さんが極端にダメってのはつまりそういうことなんだろう。
三国さんたちや錦、西園が平気なのは、本能的に「一線を越えることはない」のを、
世間一般で言うところの女の勘とやらが察しているんじゃないかと俺は思う。

「そこまで言うなら意地でも身長伸ばしてやるからな」

言ってて悲しくならないかとでも言いたげな目を浜野が向けてくるが、気のせいだと無視。
うるせえ成せば成るんだよ何事も。俺はこの数ヶ月でそれを学んだんだ。
天馬は俺を見て硬直していた。呼吸を止めて一秒、真剣な目をするのは野球の方だったか?

「……このままがいいのに」

怯えた顔の天馬が恐れているものは、きっと俺の身長が伸びることなんかじゃない。
それを指摘するのは告白するのと同義だから今は勇気が足りなかったりするけれど、
いずれは逃げ惑うこいつに向かって叫ぶ日が来るんじゃねえかなぁって何となしにそう思った。

「かわいい男なんか賞味期限切れんのすぐだっつーの」

気合い不足の俺には『だから逃げられるのは今だけだ』なんて、
格好付けた言葉ひとつ続けることもできなかったのだけれど、
あんまり気障ったらしいことを言ったら南沢さんよろしく化身で沈められたりするだろうから、
心の中でだけ、毒付くようにそんなことを考えていた。



inserted by FC2 system