「信助……」

そう呟く天馬の言葉と心と声には特別な意味なんて何もなくて、
ただ単純に仲間を心配しているだけだというのはよく解っている。
でも嫌だ。だって天馬の目に他の誰かが映っている。天馬の唇が他の誰かの名前を形を描く。
天馬の心に他の誰かの影が落ちる。天馬の頭が他の誰かのことでいっぱいになる。
天馬の足が他の誰かに近付いていく。天馬の手が他の誰かに向かって伸ばされる。
そんなの嫌だ。絶対に嫌、死んでも嫌、冗談じゃない。
それが信助じゃなかったら、チームメイトじゃなかったら、きっと殺していた。
天馬が見ていいのは俺だけ。神童拓人その人だけ。それ以外の誰かが許されていいはずがない。
天馬は優しいのは解ってる。天馬が仲間思いで、何よりサッカーに真剣なのも解ってる。
だって俺たちは天馬のおかげで心をひとつにできた。チームとして戦えるようになった。
雷門中サッカー部の絆を作り上げたのは天馬が本当に強くて、清廉で、優しかったからだ。
だけど、それでも許せない。誰であっても嫌。絶対に。

「放っておけ」

今は一人にしておけ、というのは信助を思っての言葉でもあるけれど、
実際にはそれだけじゃなくてとにかくただ天馬から引き剥がしたくて仕方なかったから、
天馬の意識を全て支配する為だけにそう冷たく言ってやった。
信助にも天馬にも悪い事をしている自覚はある。あるけど耐えられないから。
俺じゃない誰かのことをほんのわずかだって天馬には意識して欲しくないから。
天馬の目に映る誰かも、天馬の唇が形どる誰かも、天馬の心を占める誰かも、
天馬の頭を支配する誰かも、天馬が駆け寄る誰かも、天馬が触れる誰かも、
全部全部俺だけで、神童拓人だけでいい。違う。俺じゃないと駄目。
だって天馬がそう言ったから。俺とサッカーがしたいって、俺じゃないと駄目だって。
大丈夫、俺もそうだから。天馬だけだから。
だからお願い。天馬も俺だけでいて。信助のことなんて考えないでいい。
俺だけを写して俺だけを呼んで俺だけを想って俺だけを考えて俺だけに近付いて俺だけに触れて。
好き。大好き。愛してる。なあ、天馬だってそうだろう?
だったら、他の誰かなんてどうでもいいじゃないか。



inserted by FC2 system