「なんかさ、あんまり実感湧かないよね。これから一緒に住むなんてさ」

そう言って目を伏せる天馬の横顔は本当に可愛くって可愛くって、
こういうときにどんな風に言えばいいのかが国語力の足りないボクにはわからない。
頬がほんのり赤くって、ぽーっと夢でも見てるような笑顔。
ああもう、天馬を見てるだけで幸せになれそうな気がしてきた。
天馬が言ってたから、きっとこれからボクと天馬は一緒になるんだろう。
天馬が嘘を言う訳ない。天馬がボクにくれるのはいつだって本当の素直な気持ち。
だから、この言葉も全部本当で、ボクに捧げてくれた最高に幸せな未来。
胸を埋める幸福感に任せて、ふわふわおぼつかない足取りで天馬の後を追う。
その先にあるのは、一枚の木で出来た扉だった。

「じゃあ、開けるね」

はにかみながら、天馬がドアノブを回す。
きい、と蝶番が軋む音を立てて、扉が開かれた。
その奥に広がっていたのは白い壁に、白い天井に、白い床に――って、え?

「……天馬、なにこれ」
「驚いた? 捜すの大変だったんだよ、こんな綺麗な白い家」
「白い家、っていうか……」

なんか妙な既視感感じるっていうか、頭痛を覚えるって言うか――。
多分これのこと、『嫌な予感しかしない』って言うんじゃないかな。
いっそ薄気味悪くなるぐらいの白さにまったく飾り気のないタイル地っぽい床、
背筋に寒さを感じるレベルですっごく覚えがあるんだけど。
溢れるこの悪寒を抑えられないのは、いったいどうしたらいい?

「ね、太陽。まず、寝室行ってみない?」
「え」
「行こうよ。太陽と、一緒に過ごす場所だしさ」

一回り小さなふにふにした手が、ボクの手に重なってきゅっと結ばれる。
本当なら嬉しくてしょうがないんだけど、今は全然嬉しくもなんともない。
寧ろこの手は地獄に誘う悪魔とか、ぼったくりバーに招き入れるためのおねーさんとか、
そういうのを彷彿とさせるのは絶対ボクの気のせいじゃないと思う。
でもやっぱり基本的には嬉しいから手も振り払えずにずるずる付いて行ったボクを、
頼むことだから責めないでほしいなって思った。
だって天馬が可愛すぎるんです、存外心が弱いボクを許して下さいお願いします。
引きずられるままに連れて行かれた先にあったのは、例によって嫌な予感がする扉。
なんと今回は引き戸でした。手前に、じゃなくて、横へのスライド的な意味で。

「……天馬、これ」
「いやーここもすっごい探したんだよね」

からからと引き戸を開け放った天馬の手の奥にあったのは、
何て言うかもう見覚えがあるって言うか見覚えしかないって言うか――。

「意外とあるもんだよなー白いパイプベッドって」

このベッドすっごい記憶の海に沈む闘病生活を彷彿とするんですけど。
よりによってシーツも枕も布団に至るまでも白で統一しやがって!

「何で探したんだよ! 嫌がらせか!! 嫌がらせなんだな!?」
「あ、でもね、最初だからちょっと奮発したんだよ。なんとこのベッドですが」

天馬は振り返って、ボクに幸せいっぱいの笑顔を浮かべて

「リクライニングします!」
「これ病院のベッドだろ!!?」

ああもう、極力言おうとしなかったけどもう言っちゃおう。完全に病室だこれ。
ご丁寧にカーテンまで淡く色付いた無地のものってふざけてんのか。
流石に冷蔵庫付きのキャビネットとかカード式のテレビはないみたいだけど、
白づくめの内装にリクライニング付きパイプベッド(白)ってこれは何なんだ。
天馬はボクに何を期待しているんだろうか。泣くよ。今からでも泣けるよ。

「天馬、これ冬香さんからの差し金だろ。陰謀なんだろ」
「それからさ、ここ景色がすっごい良くって」
「話聞いてよ!?」

ひゅっとボクから手を離した天馬はそのままたったか窓に向かって歩いて行く。
カーテンを開けて、大きな窓を開け放った天馬に、
物凄く嫌な予感しかしないんだけど恐る恐る近づいて行く。

「ね、見て見てあれ」
「……あれ?」

窓の外からひょいっと顔を出す。そこにあったのは、枯れかけの一本の木。

「ちょっと枯れかけで葉も落ちそうだけど、それがまた味があるよね」
「ああ、この木の葉っぱが落ちきるときにはボクの命ももう……ってこらああああ!?」

天馬の肩をガッと掴んで、がっくんがっくん揺らす。
だけど笑顔を崩さないで天馬はボクをじっと見つめる。

「何この嫌がらせロイヤルストレートフラッシュ! パジャマは当然――」
「薄い緑の無地のを用意してるよ?」
「ですよねースポンサー誰だよ! 絶対冬香さんの陰謀だろ!!」

最早脱力しか覚えない。だけど天馬はいつでも笑顔だ。いっそ清々しいね。
爽やかな笑顔の天馬が好きだよ、大好き。でもそれとこれって話が別だと思う。
ここまで綺麗に揃えられると寧ろ関心しちゃうんだけど特に感銘は覚えない。

「ねえ太陽」
「なに!?」

天馬は青灰色の目をとろんと幸せそうに細めながら、
ふわりと花が咲くような優しげな笑顔を浮かべてボクを見つめる。

「なんかさ……今、すっごい幸せだ」
「全然幸せじゃないよ!!?」

叫びながらボクは飛び起きた――え、飛び起きた?
右を見る、左を見る。見なれたテレビに、キャビネットに、枕元にはナースコール。
完全に病室だ。混じりっけなし100%、びっくりするぐらい完璧な病室。
夢落ちですか。夢で良かったけど同棲部分は夢じゃなくてよかったのに。
今から眠ったらやり直せないかなあ。本当に幸せな夢、見れないかな。
赤い屋根のでっかい家で二人寄り添って、犬とかもいっぱい大きい奴を飼って、
子供たちもサッカーチーム作れるぐらい育てて……とかそういう夢。
どーせそんな未来まで生きれそうにないんだから夢でぐらい幸せにさせてください神様。
なんか物凄く泣きだしそうになりながら、ぎゅっと毛布を握り締めた。
ああ、次はいつ天馬に会えるんだろう。
ほんとにもう、せっかく夢で会えたってのに全然幸せじゃないよ!



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