「頼もう!!」

毎度毎度のことだが、彼はここを道場か何かと勘違いしているのではないだろうか。
そんなことを考えながら、天馬は掃除の手を止めてぱたぱたと門へ急ぐ。
慌てて向かったそこに居たのは想像していた通りの二人組。
白い長髪を一つに束ねた白ラン姿の少年と、同じ制服を身に纏った、太陽の髪色の少年。
先に天馬に気付いたのは、眩いぐらいのオレンジ髪をした方の少年だった。

「天馬っ!」
「えっ」

オレンジの彼は天馬を視界に収めるなり、全速力でこちらに向かってくる。
いきなり飛び付いてくることを予想していなかった天馬は、
次にくるであろう激突の衝撃を思って目をきつく閉じ――

「目障りだよ」

――聞こえてきた声に目を開け、盛大に吹っ飛ばされた少年の姿に絶句した。
白とオレンジ、それらと天馬を隔てたのは、黒髪に黒い着物と全身黒づくめの少年。
対角線の白とは見事なまでの対比を描く、座敷童の妖怪だった。

「……シュウ?」

自らの名を呼ぶ天馬の声に振り返った黒髪はにこりと笑いながら、

「相変わらず鈍臭いよね」
「う」

はっきりとした口調で毒を吐いて、天馬にもう一度背を向ける。

「だからって手を出せると思ったら大間違いだよ、人間。
 僕の目の黒いうちは天馬に指一本触れさせないからね」

光景から察するに、天馬に飛び付こうとした彼をシュウが蹴り飛ばしたらしい。
空のように澄み切ったターコイズブルーの目を痛みからくる涙で滲ませ、少年が立ち上がった。

「いたたた……相変わらず強いなぁ、天馬のボディガ――」
「シュウ!」
「へぶっ」

オレンジ髪を無視して、全身白づくめの少年がシュウに駆け寄りその手をとる。
躊躇いなく重ねられた手のひらに、シュウの黒い瞳が見開かれた。

「何しに来たの、白竜」
「お前に会いに来た」
「来られても家主以外には福を運べないよ」

背中に照明でも背負っているのではないかと見紛うほどに眩い輝きを放つ愛の言葉を、
シュウは無表情かつ無感動に叩き落として手を振り払う。
それを横目に、天馬は吹き飛ばされたままの少年を抱き起こした。

「太陽、大丈夫?」
「天馬が起こしに来てくれたから元気になったよ」
「うわ、抱きついちゃ駄目だってば! そこ、針とか入ってるから!」

胸元に顔を埋め、すりすりと太陽が頬擦りをしてくる。
天馬は恥ずかしいやくすぐったいの前に封魔の針が誤射するのが怖かったらしく、
全身全霊の力をもって太陽を突き飛ばした――結果、彼はもう一度石畳に叩きつけられる。
白竜とシュウ、太陽と天馬。
同じ場所で二組の少年たちが繰り広げるコントを止めたのは、空から舞い散る黒い羽根だった。

「馬鹿かお前ら」
「あ、カラスだ」
「鳥じゃねえよ!?」

シュウの暴言に苛立ちながら、鴉天狗の少年――剣城・京介がその場に降り立つ。
剣城は太陽を一度蹴り飛ばしてから、天馬の手を取り強引に立ち上がらせた。

「遊んでるならとっとと神社を明け渡せ」
「遊んでないし神社も渡さないってば! その前に太陽に謝れよ!」
「天馬、胸が超痛い。これは肋骨折れたかも」
「それは嘘だ!」

ぎゃあぎゃあと騒ぎ出した三人を目にして、シュウの暗黒色の瞳が淀む。
それに気付かない白竜は、いかに自分がシュウを愛しているのかをノンストップで語っていた。
それを制止するように、褐色の手のひらを白竜の眼前にかざす。

「……シュウ?」
「ねぇ白竜、僕のお願い聞いてくれる?」

蠱惑的な声と笑みを浮かべ、シュウは白竜の胸に手を置いた。
座敷童には到底似つかわしくない、ヒトを誘うようなそれに、
白竜は鮮血色をした切れ長の目を細め、差しのべられた手を握り返す。

「シュウが望むなら、何だって叶えてやる」
「本当? じゃあ――」

あの天狗、消し飛ばしてよ……と。そう囁いて、シュウが笑った。
白竜はもう、躊躇いも疑いも全てを捨てて、座敷童を自分の背後へと送る。

「下がっていろ。お前ごと送還してしまうかもしれない」

シュウは素直にその言葉に従うと、ひょいと白竜の背に隠れた。
それを察し、白竜は目を伏せて胸の前で印を切り出す。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前……出でよ、我が究極の式神!
 聖獣! シャイニングドラゴン!!」
「なっ――」

気付いた時にはもう、極光を纏った巨体の幻獣が剣城を見下ろしていた。
現れたるは白竜の操る式。陰陽師の末裔である彼が使役する、光を司る龍。
突然現れた龍の姿に、それを見上げる天馬も太陽も、
ぽかんとした表情のまま身動きすることを忘れてしまった。
一方でシュウは悪役同然の高笑いを上げる。

「あははははっ、最高だよ白竜! さ、その邪魔者をとっとと蒸発させちゃって!」
「任せておけ。行け、シャイニングドラゴン! ≪ホワイトブレス≫!!」
「なっ、お前らいきなり何――」

閃光。それは剣城の発言を待つことなく吹き荒れ、辺り一面を清浄なる光で満たす。
生粋の人間である天馬と太陽には何のダメージもないが、妖怪・鴉天狗に対しては違う。
自らの身体が灼けていくのを感じ、剣城は舌打ちした――そして跳躍する。

「剣城!」
「面倒なのが居るから話はまた次だ!」
「あ……う、うん。解った。気を付けてね」
「待て、逃げるな鴉天狗! シュウが望んだ以上、貴様は必ず消滅させる!!」

飛翔した黒を追いかけ、極光を纏う龍とともに白竜もまた天へと舞う。
遠くなっていく白黒を生温い目で見つめていたシュウは、
声の届かなくなるまでに二人が離れたことを確認すると、はあ……っと深く息を吐いた。

「やっと面倒なのが消えたね、天馬」
「え」

満面の笑みを浮かべて駆けよるシュウに、天馬は絶句する。

(この子、剣城はともかく白竜もまとめて『面倒なの』って切り捨てた!)

仮にも自分に好意を示していて、憎からず思っているだろう人でも、
遠慮なくばっさり切り捨てたシュウの思い切りの良さと邪悪さに、
天馬はもう何も言えなくなって目を逸らしてしまった。
そんなことには一切合切構いもせず、太陽は天馬の腰に抱きつく。
胸でなければいいと判断したのだろうか、彼はすりすりと頬を擦り寄せて笑う。

「ねえ天馬。ここまで階段登ってきたから、なんだか胸が苦しいんだ。
 静かになったことだし、あったかいお茶でも淹れてよ」
「胸も苦しくなくなって永遠に静かになれる方法が一つあるよ、雨宮太陽」
「息の根止めに行く気だろ!? なんでうちの座敷童こんなに禍々しいんだよ!!」

太陽にげしげしと容赦なく蹴りを入れるシュウを必死で止める天馬の叫び声は、
本堂内で昼寝に勤しんでいる南沢の耳には届かない。
幸せどころか混沌と災厄を運んでいるであろう黒い座敷童を、
如何にして白竜に押し付けるかが今後の自分の課題なのだろう。
太陽がぶら下がる腰の重みに耐えながら、天馬はそう思った。



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