仏頂面でカップケーキと睨み合いを続ける天馬を、葵はなんとも言えない表情で見守っている。
ほぼお葬式状態の天馬に気圧されて、信助や狩屋までもがひきつった笑みを浮かべていた。

「……ね、ねえ葵。天馬、どうしたの?」
「なんかね」

顔を寄せ、本人には聞こえない程度の声でもって葵は言う。

「さっき調理実習で作ったカップケーキ、剣城に渡したかったらしいんだけど。
 最近急に女子に人気出ちゃったもんだから、同じこと考えてた子がいっぱい居たみたいで……」

その後に続く言葉は、言われなくとも想像がついた。
おおよそ、まるで近付けずにすごすご教室に戻ってきたのが今なのだろう。
狩屋も信助も調理実習直後は女子に囲まれて幾つかのカップケーキをいただいたものだから、
剣城が囲まれる光景だって何となく想像が付くような気がした。
何せ彼は背番号10を背負うエースストライカーで、一年生にして得点王で、
ホーリーロードの連戦連勝にも大きく貢献している雷門の英雄なのだ。
以前は腫れ物扱いだったというのに、最近では一年男子で最も注目を浴びる男になっていた。

「剣城くん……ざまぁ見ろと言うべきか、ご愁傷様と言うべきかだよね」

天馬や葵、信助と同じ班でカップケーキを作った狩屋は、
そのケーキが他の班のそれとは段違いに美味であることを知っているのでそんなことを言う。
何せ天馬も葵も料理に関しては秋ネェ仕込みの実力者なのだ。
二人の作ったケーキを授業中に完食したうえで他の女子が作ったそれを口にしたときは、
同じ材料、同じレシピでもここまで味の差が出るものなのかと頭を抱えた物だ。
サッカー部が誇る美少女二人(とマスコット一体)を侍らせて、
羨望の眼差しを送る男子たちを尻目に美味しいお菓子をいただく幸せは格別でもあったが、
その後差し出されたケーキとの落差に思わず閉口してしまったのも記憶に新しい。
ともかく一年男子の恋バナの中心、サッカー部のマドンナが彼のためにと作ったケーキは、
今も行き場を失って机の上にぽつりと鎮座している。
信助は机に顎を乗せ、叱咤するようにばんばんと叩きつけた。

「こんな風にうじうじしてるの、天馬らしくないよ。剣城に渡しに行こう!」
「無理だよ……あの人の山掻き分けて渡しに行くのは流石にちょっと……」
「え、なにそんな囲まれてるの? 今日の練習中足引っかけてやろうかな」

別にモテたい訳ではないが、女の子にきゃあきゃあと騒がれるのは腹が立つので、
狩屋は割と真剣にそんなことをぼやきだす。信助や葵も特に止めはしない。
一同はしばらくの間唸り続けていだが、やがて葵の表情に笑顔が戻る。

「……あ、解った。みんな幸せになれる方法!」

葵はぽんと胸の前で手を合わせると、おもむろにケーキを机から天馬の手に乗せる。

「さ、天馬。今からちょっと隣のクラスに行こっか」
「剣城に近付くのは無理だよ」
「いいのいいの、目的地剣城じゃないから」
「え」

ぽかんと目を見開く天馬に対し、葵は笑顔だ。
有無を言わさずに天馬を立ち上がらせると、そのままぐいぐい背中を押していく。
何か面白いことが起きそうなのを察知した狩屋と信助は顔を見合わせて、
にやにやと笑いながら足取りも軽やかに二人のあとを追い掛けた。



そして四人が向かったのは、何てことはなく本当に隣のクラスだった。
ただし、その目的地は剣城ではない。ケーキを差し出されて赤面しているのは第三者だ。

「えっ……ぼ、僕に?」

剣城と同じ一年フォワード、影山・輝。
途中参加であることと、いまひとつ目立たずベンチスタートのことが多い輝の机には、
他の部員とは違って女の子からのカップケーキなどは何も置かれていない。
そこに突如として華を添えたのが、天馬と葵だった。

「うん。うちの班のが一番おいしいって狩屋と信助からも太鼓判もらってるんだ」
「ちょっと行き場無くしちゃってたんだけど、輝にあげたら喜んでくれるかなーって……」
「よ、喜ぶ! すっごい喜ぶ! 食べていい?」
「うん、召し上がれ」

ぱたぱた振られる犬の尻尾を幻視しながら、少女ふたりはくすくす笑う。
なるほど、確かにみんな幸せだと狩屋はひとり頷いた。
美少女を侍らせながら、かつ彼女たちのお手製カップケーキを頬張る輝は、
一年男子の多くが憧れる夢のシチュエーションにぽーっと頬を赤らめているし、
天馬も天馬で輝の喜びっぷりに元気を取り戻したようだった。
そして、葵たち三人はと言うと。

「いやー愉快愉快。ざまぁ見ろだよね」
「もう、聞こえちゃうでしょ狩屋。実際いい気味だけど」
「でも僕もあれはないと思った! ずるいよあんなにいっぱい!」

非常にいい笑顔を浮かべてそんな軽口を叩き合いながら、背後から突き刺さる殺意を受け流す。
殺意の根源――要するに剣城・京介そのひとは、人の波に阻まれて身動きがとれないらしい。
だから輝と天馬との初々しい中学生カップルのようなやりとりも、
圧縮するのを意図的に放棄した殺意が乗った視線以外では妨害できないのだ。
たまにこちらへ来ようとしては新たな女子に呼び止められているのを、背中で聞いた。

「ふっほいほいひい……ほんおーひほえほーりひっひゅーはお?」
「食うか喋るかどっちかにしろよ」
「うぎー」

食事語を喋り出した輝をばっさり切り捨て、狩屋ははぁと溜め息をつく。
それからにやりと意地悪な笑顔を浮かべて背後を一瞥した。

「残念だなぁ、天馬くんのお手製ケーキが食べられないなんて。剣城くん可哀想」

瞬間、背後から立ち上る殺意がぶわりと濃度を増す。
これは今日の練習、輝ともども本気で追いかけられるかもな。
そんな事を思いながら、今もケーキを頬張る輝を見やる。
放課後確実に訪れる惨劇なんてまるで知らないだろうから、
たくさんの幸せとうっすら感じるときめきに胸を踊らせる輝の表情は明るい。

「これ私も怒られるかしら」
「連帯責任だよ連帯責任」
「困ったら監督に助けてもらわないと」

殺意に気付かない天馬と輝は、作戦会議をしだした三人に首を傾げるばかりだった。



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