※鬱SSです



どいつもこいつもかまととぶって、嫌な女だと思う。

「だからさぁ、剣城もちょっと気遣って欲しいっちゅーか……解るっしょ?」

解らない。そんな集団心理解りたくもない。
でも私が何も言わないから、先輩方の主張だって止まらない。

「……倉間さん、天馬くんのこと好きなんですよ。
 だから、剣城さんも天馬くんを好きって訳じゃないなら、
 あんまり近くにいるのは、やめてあげてください……嫌がってますから」

なんでこの人はまるで松風も嫌がってるみたいに言うんだろう。
そんなこと、松風本人から聞いたわけでもないのに、
倉間だってこんなこと頼んだわけじゃあないだろうに、
大義名分を振りかざして何様のつもりなんだろう。

「その話、倉間の部分を神童に変えただけの内容を今朝霧野に聞かされました。
 この場合先輩方は、神童にも同じ話をしに行くんですか?
 空野の方が私よりずっと松風の近くに居ますけど、空野にも同じ話をしたんですか?」

そう言ったら、二人とも黙り込んだ。
どうせ神童にも空野にも強く出られるはずがないんだろうから当然だけど。
サッカー部という集団に対しては監督と顧問の次に権力を持つ神童にも、
松風天馬という男に対しては今のところ誰よりも近い距離にいる女である空野にも、
数の力を持ってすら口出しできない程度の勇気しかないのは知っていた。
……何だそれ。私ぐらいなら、言えば黙るとでも思ってるのか。

「二人が頷いたなら、私も頷きます」

だから怒りが伝わるように、できる限り感情は捨てた声でそう言ってやった。
ちょっと怯えられたけどその方がいいに決まってる。
色恋沙汰で拗れるような輩と馴れ合うつもりなんて毛頭ないんだから。
つかつかと大股でその場から離れる。
こんな気分はボールを追い掛けることで晴らすに限ると思った。
鬱屈とした思いを吹っ切りたくて、廊下を駆け抜ける。

「……感じ悪いよなぁ」

後ろから聞こえた声なんて、知らない振りをして。



「――あ」

部室に入ったら、そこには松風と神童が居た。
大方、そのぶら下げた脂肪の塊でも押し付けて松風の反応でも楽しんでいたんだろう。
神童はあからさまに機嫌が悪くなったし、松風は助かったって顔をして私を見たから、
別に何かを言わなくったってそれぐらいは理解できた。

「きゃ、キャプテン。俺、出ます。剣城が着替えるだろうしっ」
「あ、天馬ぁ」

神童が止めるのも聞かないで、松風は私の横を突っ切って部室を飛び出した。
まさに突風だ。誰にだって止められやしない。
……横を抜けた松風の顔が赤かったなんて、知らない。見てない。気付いてない。
遠ざかっていく背番号8をしばらくの間見つめていた神童は、
やがて扉が閉まるなり恍惚とした笑みを浮かべた。

「天馬、かわいい。かわいいなぁ……」

――なぁ剣城。そう言って神童は、ふわりと笑う。
それはちやほやされることに慣れた女がする笑顔。
笑えば可愛がって貰えるって、泣けば誰かの気が引けるって、
身の振り方を本能で知ってる奴がする仕草だ。
虫酸が走る。だって神童は別に同意を求めてる訳じゃない。
本当にこいつがしたいのは、所有権の主張と牽制。
「天馬」の前に入るのは、「私の胸が当たったぐらいで赤面する」って枕詞。
自分が松風天馬をかわいいと思っているんだから、
お前はそれ以上の余計な感情をあの子に対して抱くなよ……という線引きを、
この女はただ笑顔を浮かべるだけで簡単にやってのける。

(面倒臭い女)

それと一緒に、怖いとも気持ち悪いとも思う。

「さぁ」

同意も否定もしたくなくて、神童に背を向けて制服のシャツを脱ぎ捨てる。
私の胸があいつの視界に入っただろう瞬間に笑みが嘲るようなそれに変わったことだとか、
神童のそういう本性をもっと松風は知るべきなんだと一人ごちた。

(松風から見たらこいつ、天然で胸押し付けてるように見えるんだろうな)

計算でそうしてる痴女だよ、って言ってやろうか。信じないだろうけど。
狩屋を間に挟んだら変わるだろうか。駄目だろうな、あいつも胸見て生唾飲んでたし。
ああもう、男も女もろくな奴がいない。
西園と影山、空野はいいやつだけど、あとはみんなクズだ。
松風は……ああ私、この期に及んで「松風は悪くない」とか思いたいんだな。
罵詈雑言をあいつに向かって放つのを心が拒否してる。
それはあのとき「信じる」って言ってくれたことへの引け目だろうか。
もっと別の何かだとは思いたくない。認めたら、私もあの女たちと同じになる。
汚い。気持ち悪い。
純心ぶってるその実、体で誑し込もうとしてる神童も、それを応援してる霧野も、
数の力で弱そうなところから押し潰そうとしてきた速水も浜野も、みんな嫌い。
そうだ、それに倉間だって同じだ。
だってあいつ、普段は乱暴な口調なのに、松風の前でだけしおらしくなる。
あんな風になりたくない。なんて。

(そう思ってる私が、一番嫌な女か)

だって綺麗でいたい理由なんて、松風にそう見て貰いたいからに他ならないんだから。



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