月山国光中学校学生寮、その食堂。
親元を離れてこの学校に通う生徒たちのために用意されたその空間で、
寮内唯一の大型テレビに食い入るように視線を送る集団が居る。
それは部長の兵頭を中心としたサッカー部の一団だった。
今日はホーリーロード第三戦、木戸川清修対雷門の試合。
遠方のため直接スタジアムに出向くことができなかったサッカー部一同は、
学生寮の大型テレビが映し出す試合風景に釘付けになっていた。
一進一退の攻防を繰り返す手に汗握る試合を真剣に見守る一方で、
約一名煩悩及び邪念と戦う者がいる。

(落ち着け俺それは駄目だ俺は天馬をどうしたいんだ)

鮮やかな金色で縁取られた目を揺らしながら、
南沢はテレビ画面の向こうのフィールドを見据える。
ランダムにアップダウンを繰り返すギミックに苦しめられ、
時に落下事故を引き起こし試合の流れすらも止め、変えてしまうそれに、
南沢はただただ邪念と雑念が籠もった視線を向けていた。

(落下してぐしょ濡れ展開を期待するな俺、天馬にそんな安いエロティカルを求めるな。
 そういうんじゃなくてもっとこう雰囲気を大事に、でもなくて試合に集中しろ俺)

次から次へと湧き出る煩悩と戦いながら、南沢は軽く首を振った。
今まで欲望に忠実で刹那的な生き方をしていたのに先の一戦で思い切り漂白され、
「本命に対しては一途に尽くす」という自分ですら知らなかった性格が合わさった結果、
現在の彼は雷門時代の南沢篤志を知る人間からすれば
じんましんか何かが出てしまうほどに気持ち悪く感じるレベルで、
天馬に対して実直で献身的な想いを胸に抱いている。
張りぼてにしか見えない割に深く根付いた天馬への純粋な気持ちは、
今までの生き方の中で染み付いていた下世話な思考の一切を拒絶した。
「落下して全身ぐしょ濡れになる天馬が見たい」程度の煩悩を咎める者は居ないのだが、
居たとしてもそれは天馬に対して病的な愛を抱く一団に限られているのだが、
それでも清廉ぶる南沢にとっては許し難い雑念だったらしい。

「兵頭、俺の煩悩を払ってくれ」
「む?」

突如話し掛けられた兵頭は、相当参っている様子の南沢に一瞬面食らったが、
やがて本人が語る煩悩が何かを悟り唇を引き結んだ。

(そうだな。俺もできることならあのフィールドに立ち、日本一を目指し戦いたかった)

残念ながら違う。
兵頭はホモでもなければ下世話な性格もしていないので、真の意味で心が健全だった。
そんな潔白とした兵頭が、南沢と同じ思考にたどり着けるはずもない。

「安心しろ南沢、この場にいる全員が恐らく同じ気持ちだ」
「ふざけんなよ!?」
「ん?」

結果、フォローが噛み合わない。
目を丸くして首を傾げる兵頭を置き去りにして、南沢は唇を噛む。

(駄目だ、俺が思っていた以上に天馬は可愛いらしい。
 これはまずいな。俺がちゃんと守ってやらないと……)

かつて敬遠していた神童拓人に思考回路が似てきたことに、南沢は気付かない。
一人の少年が煩悩と雑念に純粋な思いを揺るがされ、思考の海に溺れる一方。

「ああ、天馬くん水に落ちないのかなぁ……いっそ京介と二人で落下してくれないかな。
 絶対に可愛いと思うんだけど天馬くん勢い余って落ちてくれないかなぁ……
 全然お見舞い来てくれないし、そのぐらいの視覚サービスがあってもいいんだけどな」

隠しもせずに煩悩を垂れ流している男がどこかの病室にいることなど、
彼の弟を含めて誰も気づいていない。



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