「いいか松風、余計な餌を与えた結果があれだ」
「はぁ」

鬼道が指差す先には、吹雪の腰に抱きついたまま恍惚の笑みを浮かべる雪村が居た。
対する吹雪の目は淀んでいる。泥沼以上に濁っている。
神童の目にも光がないが、それとはまた別ジャンルの濁り方だった。
嫉妬や殺意は一切含まれていない。ただただ、面倒臭いと言いたげな目だった。

「ああ、やっぱり吹雪先輩は俺を見ててくれたんだ……」
「うん見てるよ、教え子だからね」
「俺もずっと先輩を見てました。今までもこれからもずっと見てます」
「ありがとう、背筋がぞわぞわした。やめて欲しいな」

吹雪の表情は凍りついている。試合が始まる前よりも険しいかもしれない。

「仲直りできたんじゃないんですか?」
「普通の仲直りをしようとして余計なデレを見せた結果があれだ。
 話を聞かないタイプのホモに変な隙を見せると一気につけあがる好例だな」

ゴーグルの下に隠れた鬼道の目は見えない。
見えないが、その話を遠巻きに聞いていた狩屋は、
「え、このひと頭大丈夫なの」と驚愕に満ち溢れた視線を返していた。
生徒をとっ捕まえて変態への対処方法を教えるコーチは流石に覚えがない。

「いいか、お前の周囲のホモは一人を除いて全員話を聞かない。
 話を聞いてくれる一人もその周囲が話を聞いていない。
 その気がないなら決して隙を見せないことだな」
「はあ……」

狩屋がドン引いているのと裏腹に、天馬は気のない返事をしている。
何せ天馬の目は自分の周りが正しく表示できていないので、
鬼道が言う話を聞かないホモが誰なのかがそもそもわかっていなかった。
そして、本人すらそれが何かを理解していない。

「吹雪さんも大変だな、厄介なのに好かれているみたいで」
「えっ」

それをお前が言うのかと突っ込みたくて仕方ない顔で、霧野が神童をガン見する。
話を聞かないホモの筆頭格にありながら自分にその自覚がない。
だから神童は至って真面目そうな顔で、そう語る。

「周りも少し考えてやるとか、止めるなりなんなりすればいいのに」
「……そうだな、そうだよな」

それができていれば苦労しない、とでも言いたげな顔をした三国が目を逸らす。
話を聞かないどころか周りも見えていないようだし空気も読めていない。
ないない尽くしのまま他人事のように語る神童を見る全員の目が生温かった。

「ねえ、皆が何の話してるか解る?」
「全然!」
「実のところ、僕もちょっと……」

下睫毛のない一年生たちが顔を突き合わせてこそこそと話している。
狩屋は風に乗ったその小さな呟きを耳に受けながら、
(お前らは一生解らない方がいいよ)と目を細めるだけに留まった。
変態が天馬くんの尻を狙ってるって話だよ、とは流石の狩屋も口には出せないし、
もう一人の下睫毛が多分黙っていないだろうからだ。
剣城は口を開かない代わりに視線で殺気を送ってくる。
悪意のある視線や敵意には慣れているが、
元シードの放つ純度の高い殺意はそうそう慣れる物でもない。
というかそもそも殺意に慣れそうになるこの状況がおかしい。

「吹雪先輩吹雪先輩吹雪先輩っ」
「うん、聞こえてる。聞こえてるから呼ばなくていいよ。ついでに離れて」

無邪気に喜ぶ雪村と混濁した吹雪の纏う空気は、
縁日の金魚が放り込まれたらまず間違いなく死ぬレベルの温度差だ。
その異様さには当事者たる雪村ただ一人だけが気付いてない。

「白恋の奴らは誰かあれを止めたりしないのか?」
「ああ、そうだな……」

思考回路だけなら雪村に近いものを持つ神童だが、
それが他人の凶行なら異常であることをそれとなく理解できるらしい。
「人の振り見て我が振り直せ」という言葉は辞書から欠落していたようだが。

「ところで、話を聞いてくれるホモなんてこの部活に居んの?」
「……さあな?」

比較的理性を保てている倉間の目は、遥か彼方を見つめて遠くなっている。



inserted by FC2 system