ホーリーライナー。
ホーリーロード本戦会場のスタジアムへ向かうための唯一の交通機関である。
そして、この中学サッカー界でも有数の修羅場スポットでもあった。

(なにこの修羅場マジ怖いんですけど)

白恋中サッカー部員は驚愕している。
まず、一両目。監督たちに挟まれた雷門中の一年生たちはこの際どうでもいい。
元シードらしいストライカーがどうみても隣の少年に欲情しきっていて、
必死に寝たふりをしながら「おい電車揺れろよ空気読めよ」とでも言うかのように、
一生懸命寄りかかる隙を窺っていることなどもう一切気にならない。
怖いのは身内だった。
ホモな上にヤンデレという核弾頭レベルの地雷だった。

(吹雪士郎吹雪士郎吹雪士郎吹雪士郎吹雪士郎吹雪士郎吹雪士郎……ッ!!!)

――雪村・豹牙。
我が白恋中学が誇るエースストライカーである。
彼はただただ、目の前に対峙する元コーチ・吹雪士郎を睨みつけていた。
雪村はもともと、コーチと教え子の関係としては異常ともとれる領域で、
吹雪士郎その人に傾倒するかのようになついていた。
それがフィフスセクターの策略によってこじれた結果、
昂ぶるだけ昂ぶった恋慕が反動で強烈な憎悪に変わったのだ――不完全に。

(アンタが俺を捨てたというなら、アンタに思い知らせてやるだけだ。
 俺がアンタに教えてやる。後悔させてやる。
 俺を捨てたこと、俺から離れたこと、俺から目を逸らしたこと、
 そして今度は、今度こそは、アンタには俺だけに――)

慕情の行き先は間違いなく、狙い通りに憎悪だった。
しかし、擦りこまれた執着度合いだけは変わりないままだ。
結果、光を失い、分厚い氷に閉ざされた深海のように濁り切った眼は、
ただただ一心に吹雪を睨みつけて――いや見つめ続けている。
当の吹雪があまりの面倒臭さに遠くなった目をしていることに、
元凶である雪村だけが気付かないでいる。
誰一人として化身を出した訳でもないのに、故郷の北海道よりも冷え切った電車内。
雪村と同じ車両に座った全員が、(車両を移りたい)と顔面蒼白で思っていた。
……二両目なら、平和だと信じていた。

「おい、早く神童を取り押さえろ! 特攻を許すな!!」
「無理です! ハンターズネット突破されました!!
 第二防衛ライン、急いで下さい!!」
「ちょいちょいちょい神童だけじゃないって蛇きてる蛇きてる蛇きてる!!!」

一方で二両目に押し込まれた白恋中の視界に広がるのは、
混沌としか言いようのない狂気と殺戮の宴だ。
「神のタクト」の二つ名を持つ雷門中サッカー部のキャプテン・神童拓人。
彼がすっかり光が抜け落ちたうえにつや消し処理まで施された双眸をして、
ドアの窓ガラスに爪を立てる姿は恐怖以外の感情を引き起こさない。
神童は無心に扉を引っかきながらぶつぶつと何かを呟き、
そして時折憎々しげに唇を噛み、その口の端から鮮血を流す。
名状しがたい恐怖が白恋中サッカー部員たちの胸中を埋め尽くした。
分厚いガラスに阻まれた対岸の火事は、音声だけは籠っていたものの、
映像は何のフォローもモザイクもなしに正確に透過させる。
狂気に取り付かれた少年のおおよそ理性的とは言い難い奇行と、
時折視界に入る日本には恐らく生息していないであろう蛇の群れが、
白恋中サッカー部員たちの理性と正気をごりごりと削り取った。

(一刻も早く車両を移りたい)

一両目では一両目でおぞましい修羅場が形成されている事を知らないからこそ、
彼らは心からそう願っている。
何せ彼らは神童の凶行と蛇の暴走の原因が、
まさか一両目で寄り添う一年生たちにある事を知らないし、
同じ時間に雪村が溶けた雪に混ざる泥よりも濁った瞳で
一心に吹雪を見つめているなんてことをまるで考えてはいないのだ。
身内と他人、どちらの修羅場の方が精神衛生上無害なのかは神のみぞ知る。

(もうこの電車、対面構造にすんなよ)

ホーリーライナー内で思ったことは、だいたいこの一言に集約されている。
今この電車内で幸福感を満喫しているのは、剣城京介ただ一人だけだった。



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