「んう……みな、みさわ……せんぱい」

キスとキスの合間、一瞬のつもりで息継ぎを許した瞬間に、
天馬は砂糖漬けになったかのような甘ったるい吐息を漏らして、
南沢の胸元にまるで潰れるかのごとくぐったりとくずおれた。

「ギブアップか?」

くすくす笑いながら背中を撫でてやると、天馬はこくこくと頷く。
そして頬をすりすりと胸板に押し付けながら、はふ……と熱のこもった息を吐いた。

「も、むりです……」
「キスだけしかしてないのに、可愛いねお前」

震える恋人を抱きしめて、背中をぽんぽんと撫でさする。
可愛いと思ったのは本心だ。
キスの合間に薄眼を開けて様子を伺ったときの、
顔を真っ赤にして自分に縋りついている天馬の姿が瞼に焼き付いている。
鼻先で感じる吐息や、合わせた唇の感触、唾液を絡ませて味わう互いの舌。
南沢は何もかもが忘れられないでいるのに、きっと天馬はいっぱいいっぱいで、
今は呼吸を整えることしか考えられないでいるのだろう。

(まだ慣れてないか)

愛しさと罪悪感とを同時に味わいながら、南沢は天馬をより強い力で抱きしめた。
天馬はキスに慣れていない。それは、単純に回数を重ねていないからだ。
二人の関係は、そう短いものではないのに。

(こいつのこと、そんなに大事にしてなかったからな)

南沢が天馬を甘やかしたり、過剰なまでにスキンシップを求めるようになったのは、
付き合いが始まってからはかなり間が空いた、つい先日のことからだ。
雷門と正面からぶつかり合って、自分が本当にしたかったサッカーを思い知らされて、
松風天馬がどういう存在なのかをようやく理解してからだった。
月山国光に転校するより前。それこそ、剣城が雷門の的だった頃に、
ほんの気まぐれのつもりで手を出した少年が、
どれほど自分にとって大きな存在なのかを当時の南沢は理解していなかった。
だから、優しさなんてほとんど与えずに、ただ自分のしたいようにしていた。
キスなんて数えるほどしかしていない。その一方で、天馬の体は知り尽くしている。

「先輩?」

見上げてくる瞳は、今も昔もさほど変わりない。
心を繋げないままに力づくで好き勝手に犯していた頃と同じ、
きらきら輝くアクアマリン色の瞳は、純粋に南沢だけを映している。

「早く慣れろよ、お前も」
「ふ、う……」

顎をくい、と上げて、もう一度唇を重ね合わせる。
やはり恥ずかしいらしいのか、天馬は頬を真っ赤に染めていた。
前は鬱陶しいと思っていた。
天馬の意思はさほど関係なく、純粋に憂さ晴らしや性欲処理紛いの扱いをしていた。
今は、一瞬でも離れたくないと願っている。
ひたすらに甘やかして、どろどろになるまで愛を囁いて、
誰の元にも行かないように強く強く抱き寄せていたい。
そもそもあれだけの事をした挙句何も言わずに転校までしたのに、
神童にも剣城にも倉間にも奪われていなかったのが奇跡だ。
何が何でも、どれだけ醜態を晒してでも、手放すつもりはない。

「天馬」

唇を離す。ぷちゅ、と水音がして、二人の間を粘っこい唾液の糸が結ぶ。

「ふぁい……」

とろんと甘く溶けた瞳で、天馬は南沢を見上げる。
ここまで蕩けきった顔を見たのは、こうして心を通わせるようになってからだ。
前は違った。一方的に凌辱しつくしていただけだった。
組み敷いて、蹂躙して、徹底的に犯しぬいて――

(今じゃ絶対にできない)

寧ろ冷や汗が流れ出る。愛しい愛しい恋人との思い出はほぼレイプ一色だ。
教室、保健室、サッカー棟。シチュエーションは多種多様なれど、
そこに甘ったるい恋人としてのムードはなく、欲望に忠実に、やりたいように――

「天馬」

(できることなら今の心境で初物をいただき直したい)と思わなくもなかったが、
叶う夢ではないので考える事をやめて、天馬の頭を乱暴に撫でた。
わしゃわしゃと髪を乱す大きな手を、天馬は最初こそきょとんと見上げていたが、
やがて嬉しそうにふにゃりと笑ってその温もりを受け入れる。

「好きだよ」
「は……はい」

がちがちに固まる天馬の緊張を解きほぐすように、頬をむにゅむにゅとつまむ。
両手で包みこむ天馬の顔は、まだまだ子供でしかない。

「好きだ」

言いながら、噛みつくように頬へキスを落とす。
「わひゃあ」と変な悲鳴が聞こえた気がしたが無視をした。

「は、ずかしい、です」
「知ってる。でも、慣れてくれ。こっちが俺だから」

金の輪郭を持つココア色の目が、まっすぐに天馬を貫く。

「好きだ」

恥ずかしげもなく真正面から囁かれる愛の言葉に、
天馬はたじろぎながらもこくりと小さく頷く。

「お、俺も、好きです。大好きです、先輩」

恐る恐る伸びてくる手を、互いに合わせる。指先を結んで、絡めて、見つめ合う。

「まずは……キスから慣れてくれるか?」
「が、がんばります」
「じゃあ今回は目を閉じないで……な」
「うう……」

視線を合わせたまま、唇を触れさせる。
先程のキスでまだしっとりと濡れたそこが重なると、
柔らかな感触と同時にほんのりとした熱を同じ場所で感じる。
羞恥に耐えきれなくなったのか、それとも快感からなのか、
舌を絡めた瞬間にきつく目を閉ざした天馬に、南沢はくつくつと喉を鳴らす。

(ほんっと、可愛い奴)

上顎を舌先で掠めた瞬間に、びくびくと震えあがるのも堪らない。
ようやく繋がった心は、素直に天馬を求める。
もう二度と離しはしないと、傷付けなどしないと誓うかのように、
結ばれた指先は強く強く繋がれたままだった。



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