「く、倉間先輩が、意気地無しなのが悪いんですっ」

勢いに任せて俺を押し倒した天馬は、混乱と衝動でぐるぐる回る目もそのままに、
俺に馬乗りになってちいさく震えていた。

「そりゃあ俺、サッカーしか能ないですし、俺に魅力、ないのかもしれないですけどっ」

あ、こいつ泣くかも。俺は他人ごとみたいにぼんやりそう思っていた。
ぷるぷる震える天馬も、下腹部にかかる体重も、全部リアルなものなのに。

「……せんぱい、の、こと」

予想通りに天馬は結局泣き出した。
震えるこいつに、俺は差し当たって何かをしてやることはなかった。
ただただ、床に寝そべったまま状況を見守っていた。

「……何か言ってください」

何か、ねえ。俺だってお前に聞きたいわ。俺なんかに何を期待したんだよってさ。
でも、そんなこと言えるわけもねえし。

「手、出されてえの」

言いながら、涙の伝う頬に右手を伸ばす。天馬はすんすん鼻を啜って、こくりと頷いた。

「今出してるけど」
「こういうことが言いたいんじゃないです」
「知ってる、でも駄目だ」

余った左手で前髪を掻き上げる。
この動作はあのひとを彷彿とさせるからあんまりやりたくはないのだけれど。
何にせよ、これで天馬にも見えたはずだ。
皮膚を突き破って生える、青灰色の鱗。左目周辺を飾る、ヒトではない異形であることの証明。

「噛む」
「……先輩、いっつもそう言いますけど。実際噛まれたことないです」
「これでも我慢してんだよ」

いつもはこれで納得する。でも、今日は違った。
天馬は不機嫌そうに眉をしかめたまま体を倒し、頬を覆う鱗の一枚に口付ける。
ヒトの皮膚なんかよりも数倍鋭敏にできている異形の鱗は、
押し付けられた唇の形も熱も余すところなく俺に伝えてくる。
背筋を駆け上がってくる嫌な衝動に、全身が強張った。

「じゃあ、俺が先輩のこと、襲います。それならいいですよね」

何がだ全然よくねえよ。
理性はそう言ってるのに、化け物側の本能がそうじゃないって騒いでいる。
沈黙を肯定と捉えたのか、天馬はスカイグレーの目を細めてもう一度顔を近付けてきた。
……馬鹿な奴。
お前、一回藪蛇の意味を調べてノートに30回書き写したほうがいいと思うぜ。
頭の中にはそういった軽口も浮かばなくはないんだが、体が言うことを聞かなかった。

「天馬」

俺にできたことなんて、こいつが起き上がれないように、身動きできないように、
背中に手を回してがっしりと抱き締めて抱き締めて離さないことぐらいだ。

「手、出されたいんなら。文句は言うなよ?」

藪をつついたのはそっちだ。
噛まれたって、何されたって。絶対に文句なんか言わせねえ。
震える天馬を抱きしめたまま、俺はくつくつと喉を鳴らして笑った。



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