ボールを蹴り始めてほんの数週間だと語る影山・輝そのひとは、
しかしただの素人とは逸脱したスピードでサッカーの技術を高めていった。
ドリブル、パス、シュート、ディフェンス。
荒削りではあるものの、そのひとつひとつが確かに輝の身に付いていくのが、
雷門中サッカー部員の誰の目から見ても明らかだった。

「輝は凄いなぁ」

ボールを磨きながら、天馬は珍しくちいさな溜め息を漏らす。
その様子に、いつも脳天気に笑う彼の姿しか知らない狩屋の手が止まった。

「なんで?」
「俺……最初、ゴール入んなかったから」

いつかの河川敷、円堂に初めてシュートを見せた日を思い返して天馬が苦笑する。

「輝、凄いよ」

狩屋は薄墨色の鋭い目を、まるで針でもって刺すように天馬へ向ける。
そして嘆息した。天馬のその言葉が、妬みでも僻みでもなく、純粋な賞賛だと悟ったからだ。
天馬の口から漏れる言葉は、擦れた狩屋の耳には痛々しいくらいにいつだって綺麗だ。

「うかうかしてたら、ポジション取られるかもな」
「んー、頑張ろう! 剣城っ、自主練付き合ってよ!」

輪から離れて一人黙々とボール磨きに興じていた剣城が、至極面倒臭そうに「ああ」と応える。
付き合うのかよ、とうんざりした顔をした狩屋を置き去りにして、
天馬は横に座った信助と二人で部活後の練習メニューを組み立てだす。
仏頂面を貫く割にちょこちょこと練習内容に口を出す剣城の姿が相当にシュールだ。
ひくひく表情筋をひきつらせていると、よじよじと信助が狩屋の体をよじ登り出した。

「狩屋も来るよねっ!」
「行くから、登るなよ!?」

幹に見立てた狩屋の左半身に、コアラか何かのように信助がぶら下がる。
天馬がけらけら笑う後ろで、剣城がちいさく震えたのを狩屋は見逃さなかった。

「お前ら――」
「ごめんっ、遅れましたー!」

そこに、最初に話題の中心だった輝が駆け寄ってくる。
天馬はアクアマリンのように目を煌めかせながら、ぶんぶん大きく手を振った。

「こっちこっち! 監督との話、終わったの?」
「うんっ。終わってないボールこれ?」
「いや、こっちだ」

剣城が横のボールを投げ渡す。
輝はそれを顔面で受け止めて、目の奥に火花を散らしつつも何とか踏みとどまった。

「だっせー」

ハッ、と鼻で笑う。未だに絡まっている信助に髪を引っ張られているのも気にしない。
うーうー唸る輝は、照れ臭そうにしながらも狩屋の視界から逃げるように小さくなった。

「あはは……そうだっ、今日部活終わったら河川敷で自主練するんだ。輝も来るよなっ」
「え」

輝に負けないために練習するのに、対抗馬の輝本人も練習に呼ぶのか。
不思議そうに首を傾げる狩屋に対して、剣城はなんでもない風だった。

「そういう奴だろ」

ふっとボールの球面に息を吹きかけて、剣城は人差し指の上でくるりとそれを回した。
瞬間、さっきまで狩屋にしがみついていた信助が、まさに飛ぶ鳥の勢いで剣城に飛び込む。

「今のどうやったの!? バスケじゃなくてサッカーボールでやるひと初めて見たっ!!」
「お前には無理」

すっぱり一刀両断されてもなおくっついたままの信助を、それでも振り払いはしない。
新参者の狩屋や輝には、それがどれだけの進歩なのかが解らなかった。
だから遠巻きにこの光景を見ている先輩方の目が異様に生温い意味も解らないでいる。
あとで天馬を問い詰めてみよう。そんなことを考えながら、狩屋は重い息を吐く。
今の天馬は輝と練習内容について熱く語り合っているから、まるで話にならないのだ。

「……変な奴ら」

呟くその頬が緩んでいることには、本人だけが気付いていない。



inserted by FC2 system