「南沢さんは、月山国光にとって必要な存在かもしれません」

神童はそう言いながら、かつての先輩である南沢・篤志に向けて親指を立てた。

「お、おい。神童?」

慌てた三国に、けれど神童は構わない。
そして、立てた親指はまっすぐに地面へ向けられる。

「でも、俺たちはずっと待ってますから……」
「何をだよ!?」

「地獄に堕ちろ」のポーズを取ってそんなことを言ってのける神童へ対し、
三国と南沢による焦り半分の抗議の声は綺麗に重なった。
神童の背後に立つ三国には、彼の表情は見えない。
しかしながら、真っ正面からそれを受けた南沢や月山国光の面々の顔色が蒼白なので、
あの光のない目がどんな風に南沢を捉えているのかだけはよく解った。
確実に、凝縮された殺意が南沢の左胸に突きつけられているに違いない。

「俺も待ってますよ、南沢さん」

ついでとばかりに、倉間もまた南沢に向けてぐっと指を立ててみせた。
中指だった。

「露骨すぎるって。そういうのは南沢さんが後ろ向いたときにやらないと駄目じゃね」
「隠す必要もねーだろ」

殺意も悪意も隠そうとしない同級生たちに、速水は一人で青ざめている。
珍しくいい笑顔で建前だけのエールを送りながら、
全力で「ぶち殺すぞ」とジェスチャーする輩に関わりたくはない。
速水でなくとも当然のことだが、それを許してくれないのが雷門中サッカー部だった。

「…………」

かつて南沢が背負っていたエースナンバーを背にした新たなストライカー・剣城が、
無表情かつ無言のまま、立てた親指で首を掻き斬る動作をする。
ここに来て、笑顔や「待ってます」というオブラートは完全に取り払われた。
あるのは、明確な悪意だけだ。
これらの小競り合いは極力格好つけていたい天馬の視界だけは入らないよう、
天馬には背を向けて、もしくは遥か後方で行われている。
おかげで、天馬にだけは「別れを惜しむ先輩方のやりとり」に見えていた。
天馬の目は節穴でできているのではないか、と速水の目は濁ったが、それすら気付かれない。

「南沢先輩っ」

ただきらきらと輝くアクアマリン色の目で、南沢を見つめるだけだ。

「……ありがとう」

長い前髪を掻き上げて、南沢は笑う。
立ち塞がる神童や倉間たちを視界に入れないよう、全力で天馬を注視して。
結果、三人が背負う殺意はより重く淀んだ濃厚なものに変貌していく。

「え、何この空気」
「慣れろ。お前なら大丈夫だ」

狩屋には何が大丈夫なのかも「お前なら」と霧野が太鼓判を押す意味も解らないし、
できることならひとかけらも理解したくないと心から思っていた。



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