「やったあああああっ、初得点ですよ、初得点!」

天馬はそう言って、自分よりもずっとずっと小柄な倉間の背中に飛び付いた。
体格差の問題で踏みとどまることができず、倉間は勢いに負けて押しつぶされてしまう。

「ちぎゃっ」

悲鳴と同時。ばたんと二人で倒れ込む音が響くのも、必然だった。
興奮醒めやらぬ天馬はそのまま倒れた倉間の上に跨って、ぶんぶん手を振りジェスチャーする。

「シュートチェイン! 俺と先輩で、ゴール入れましたっ!」
「……ッだああああ、やかましいんだよお前は!」
「わぶっ」

柔道の要領で天馬を押し返し、まさに馬乗りの体勢になる。
天馬の視界が反転して、映り込むのは天井と倉間だけになった。
口から出る言葉はぶっきらぼうないつものそれだったが、倉間は笑顔だ。

「…………」
「……へへ」
「はは、はっ……よっしゃあああっ!」
「やりましたよっ、先輩!」

そのままの体制で、二人はぱんと手を合わせてハイタッチする。
完全に二人の世界だった。ゴールを決めた者だけに許された高揚感がそうさせていた。
倉間が天馬の上から退き、二人とものろのろと立ち上がる。

「でもお前、ちょっと考えろよな」
「へ?」
「ここ、スタジアムのど真ん中、だ、ろ……」

言いながら、倉間の頭がすうっと冷えていく。
辺りを見渡すと、一番近くに居た剣城はこちらをじっと見据えていた。
いや、これは鬼の形相で睨んでいた――と言い換えるべきだ。
琥珀色の目には研ぎ澄まされた殺意が宿り、倉間だけに注がれている。
その後方には、どろどろに黒く混濁した瞳を倉間たちに向ける神童。
そこで倉間は敵が身内にいたことを思い出して、素でどん引いた。

「倉間、胴上げしてやろうか?」
「ああ……打ち上げたあと投げっぱなしにするのが見えてる奴には上げられたくねえな」

神童が無表情に近付いてくる度に、倉間はじりじりと後退りする。一方で天馬は無邪気だ。

「キャプテンキャプテンっ、頑張りました! 俺、倉間先輩とシュート入れましたよっ!」
「解ってる……天馬までは良かったんだけどな」

今彼の中にあるのは悪意と殺意と嫉妬ぐらいなのだろう。
神童の不透明なビターチョコレート色をした目は、光なんて欠片も宿さずに倉間を見下ろす。

「倉間」
「…………」
「倉間?」
「何もしてねえだろ」

そう言いつつも、倉間は神童に向き直りはしなかった。
この嫉妬の権化に対してまともに相手をしたところで、心を削られるだけだからだ。
だからその横をすり抜けて、とっとと逃げることを決める。
しかし倉間は敵がもう一人居るのを忘れて居た。

「調子に乗んなよチビ」

剣城ははっきりとした声で、倉間にだけ聞こえるような声で、そう言い放った。
多少礼儀正しくなったとは言え、高圧的なところは変わっていなかったらしい。
蔑みを耳に受け、倉間の足がぴたりと止まる。

「誰がチビだ誰が!!」
「すみません視界に入らないので誰かまでは解りません」
「そこまで小さかねえよ!?」

色合いも身長も差の激しいツートップがぎゃあぎゃあと喚き立てている。
明らかに雰囲気が悪くなっている雷門陣営を見据えながら、兵頭がぱんと手を払った。

「敵は強いが、一枚岩ではないようだな。そこを突けば行けるだろう。なぁ、南沢――」

視線を南沢にやった瞬間に、兵頭の表情は凍りついた。
あまり感情の起伏のない、常に飄々とした態度をとる南沢にしては珍しく、
明確な怒りや殺意を瞳に宿して背番号8番以降の喧騒を注視していたからだ。

「……南沢?」
「な、何も見てないぞ?」
「俺も何も言っていないが」

南沢は明らかに動揺していたが、兵頭は特に突っ込まなかった。
先程から彼がじと目で睨みつけているのは、主に8番のミッドフィルダーとその周辺だ。

(南沢は元雷門だったな。かつての仲間とはやはり戦い辛いものか。
 フォワードたるもの、中盤との関わりは特に強いだろうしな)

兵頭は至ってノーマルなので、ホモの思考回路が理解できていない。
よって、天馬を中心とした修羅場に南沢も片足を突っ込んでいることを理解できず、
執着心に満ち溢れた視線も非常に平和的な形で脳内処理していた。

「どうだ霧野、何か見えたか」
「はい、このチームもうダメだと思いました」

狩屋がどうとか言う前に空中分解する。
そんな予感に、ベンチで喧騒を眺めていた一団の目はどんよりと濁った。



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