会場へ向かう電車内、ガラス越しに見えるは月山国光中サッカー部。
そこに因縁浅からぬ男・南沢篤志の姿を認めては、誰しもが息を呑む。
……はずだった。

「よし、マジカルバナナやるぞ」

離れたところから聞こえた倉間の声に、神童と三年生一同が前につんのめる。
大丈夫ですか、と声をかける天馬に対して神童にできたのは、無言で首を縦に振ることだった。

「マジカルバナナ……って何ですか」
「昔のクイズ番組でやってた連想ゲームですよ。リズムに乗れないと負けます」

剣城まで乗り気らしい。速水の解説に、へぇと感嘆の声をあげている。
既に笑い死にそうになっている三年生と神童をそのままに、
隣の座席ではすっかりゲームの態勢が整っていた。

「じゃあ座席順で回すか。一乃、青山、霧野、倉間、速水、俺ね。
 剣城と狩屋はルール解ってから混ざる感じで」
「はい」
「……え? 俺たちもやるんだ……まぁいいけど」

困惑半分の一乃たちを押し切る形で、浜野がはいはいと場を作っていく。
神童が止めるべきか止めないべきかを迷っている間に、その戦いの火蓋は切って落とされた。

「えーと……マジカルバナナっ、『バナナ』と言ったら『黄色』」

はい、と一乃が青山に視線を送る。マジカルバナナの開幕としては定番の回答だ。

「んー……『黄色』と言ったら、『カード』?」

部に戻ってからの日は浅いが、元々熱狂的なサッカー少年である青山だ。
サッカーに最も近いところにある黄色として浮かんだのは、イエローカードだったようだ。
――もっと他に何か前向きな気持ちになれる黄色はなかったのかと問いただしたくはなるが。
少し変わった切り返しをされ、霧野のターコイズブルーの目が揺れる。

「カードぉ? えー、『カード』と言ったら……」

霧野の目は、車両先頭へ向かった。そこに居るのは当然ながら――

「南沢さん?」

その瞬間、何人かが盛大に前のめりに倒れる。天城などはガラスに激突する寸前だ。
ぷるぷると震える神童が、顔を真っ赤にしながら立ち上がる。

「こ、こら!! 霧野!?」
「いやこの状況なら南沢さん以外の連想はないって! 俺は悪くない!!」
「確かにそれ以外ないが駄目だろう!!」

ないと断言する神童も神童で相当失礼だ。
ただでさえ笑いたいのに、神童の発言を受けて倉間や車田たちがひいひいと腹を抱えて笑う。
座席後部で剣城が咳き込む音すら聞こえてきて、天馬と信助もついに吹き出した。笑いすぎだ。

「あーやめやめ! 仕切り直し! 青山キラーパスすぎんだよ!」

ぱんぱん、と霧野が手を叩き、左右に顔を向ける。

「剣城くんと狩屋くんは……もう一回見てますか?」
「いえ、行けます」
「俺も大丈夫です」

剣城のやたらやる気に満ち溢れた声に、天馬と神童は信助を挟んで腹筋を抑える。
試合よりも気合いが入っているんじゃないのかと言いたくなる程度には威勢がいい。

「きゃ……きゃぷ、て」
「笑うな! 笑うな天馬、俺だって辛いんだ!」

二人は信助の頭上で額を寄せ合って笑いを堪えている。相当にシュールだ。
何がシュールかと言えば、間に挟まれた信助がわりと迷惑そうな顔をしているからだ。
そんな混沌とした空間をよそに、二回戦が始まる。

「マジカルバナナ。『バナナ』と言ったら『すべる』」

これもまた、マジカルバナナのスタートとしては定番のフレーズだった。
しかし霧野が放ったありがちなサーブに対し、倉間のトスは変則的に上がる。

「『すべる』と言ったら『受験』?」

南沢の顔をガン見してそう言うので、既に自分の番を過ぎた一乃や青山、霧野がまた吹き出す。

「『受験』と言ったら『落ちる』」

そして速水もまたそれに倣った。彼にしては珍しく、淀みない口調で言い切った。
浜野は隣に座る一年二人に目配せし、力強く頷く。

「『落ちる』と言ったら『入試』」
「『入試』と言ったら『転ぶ』」
「『転ぶ』と言ったら――」
「あああああもう! お前ら、いい加減にしろ!!
 南沢さんだけならともかく他に三年生の皆さんがいる車両でその連想をするのはやめろ!!」

神童が立ち上がって絶叫するが、やはり南沢にだけ容赦がないので天馬の呼吸困難が加速する。
三国たち三年生は笑えばいいのか怒ればいいのかが解らず、ただただ震えるだけだ。
その惨状をガラス越しに見ていた月山国光中キャプテン・兵頭司は、
元雷門中サッカー部員である南沢を横目で見つめて言う。

「あいつらはいつもああだったのか」
「違う」
「じゃあ何をやっているんだ」
「俺に喧嘩を売っていることだけはよく解るな」

幸か不幸か防音対策が万全にとられていた車両内では、向こう側の喧騒は欠片も届かない。
しかし視線と態度で何をしているのかは大凡の察しがつく。
南沢は怒りに震えながら、ひとまずは真っ正面に座る一年生二人を睨み付けた。

「天馬天馬、南沢さんが裏側守備表示でこっちに何か語りかけてきてるよ」
「やめてやめて信助お願いやめて死んじゃう俺死んじゃう」
「頼むから全員一回黙ってくれ!!」

ひくひくと眉を吊り上げる南沢の視界には、腹を抱えて震える天馬たちしか映らない。



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