「お前はバカか!」

いつものように怒鳴りながら神童は杖を振り下ろす。
がつん、と鈍い音。衝撃とともに天馬はたたらを踏んで、二、三歩後ずさった。

「だ、だって……」
「だいたい天馬はいつもいつも後先を見ずに――」
「うううっ」

兄弟子からの説教を半泣きで耐える天馬。この構図にも皆はだいぶ慣れていた。
恒例行事となった光景にやれやれと蘭丸は肩をすくめているし、
倉間も休憩時間がきたとばかりに獲物を地面に下ろして大きく伸びをした。
今回の説教が始まったきっかけは、毎度のことだが非常に些細な怪我だった。
霊界サプレスの力を行使できる天馬は、怪我に対して割と大雑把だ。
後で癒せばどうとでもなるという判断を下してしまうらしい。
結果、前線に出て傷だらけになっては過保護な兄弟子の逆鱗に触れる。

「……あのな天馬。俺はお前が無茶をしたり無謀を働かなければ怒らないんだぞ」
「無茶なんてした覚えないです」
「お前がそう思ってるだけだ! お前の本分は召喚士だぞ!?
 何ださっきの戦い方は、あれじゃあまるで――」
「いい加減にしろよ、神童」

二人の間に、異国の様相をした少年が割り込む。
霊界サプレスの住人・剣城京介――槍を手に携えた、天馬の護衛獣である。
剣城は槍を構え、神童に向き直った。

「こいつに手出してんじゃねえ。これでも俺のゴシュジンサマらしいからな」
「……俺は別に手を出しているんじゃない。
 何回やっても学習しない弟弟子に教育的指導をしているんだ」
「似たようなもんだろ」

ああ、予想通り第二部がきたか。蘭丸たちはそんな気分でその諍いを遠巻きに眺めている。

「そんなにこいつが前線に出るのが不満なら、俺が傷つかないように守ってやる。
 それがお前らの言う護衛獣の役目だろ、文句ねえよな」

涼しげな顔でつらっと言い返す剣城に対し、神童は杖をその場にどんと突き立てた。
不透明な瞳には明らかな苛立ちと隠したいのであろう焦りが見え隠れしている。

「……ッ! そうだな、あくまで護衛獣としてな!?」
「あ、あの、何で剣城にまで怒って」
「うるさい! お前は俺の後ろに隠れてればいいんだ!」
「わけわかんないです!」

脱線し始めた天馬を巡る喧騒を横目で見ながら、蘭丸は座り込む倉間に言う。

「今日はここで野宿か」
「だろうな」

もう日も暮れてきた。彼らの喧嘩が終わるのを待つ間に夜になるだろう。
はぁ、と倉間がついた溜め息は、誰の耳に入ることもなく夕闇に溶けていく。
光の都はまだ遠い。



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