「三国先輩と霧野先輩は仲が良いんだね」
「えっ」

花のようにふわりと笑う狩屋に対して、天馬は一瞬硬直してから「うん」と一言だけ呟いた。

(仲が良い、としか言われてないし、頷くことには問題ないよね)

天馬が危惧したのは狩屋が二人の関係性を真の意味で理解しているのかどうかだ。
雷門中学サッカー部内では何事もなく受け入れられてはいるが、
三国と霧野はただの先輩後輩を逸脱した交友関係を築いている。
平たく言えばホモカップルである。

「練習が終わった後とか、よく二人で話しこんでるよね」
「そ……そうだねえ」

冷や汗が流れ出しそうだ。いや、すでにだらだらと流れているのかもしれない。
狩屋がどこまでを察しているのかが解らない以上迂闊に口を開くこともできず、
天馬はただ曖昧な笑みを浮かべるだけに留めている。

(引くよね、いくら霧野先輩が見た目美少女でも流石に引くよね)

しかしその呟きは、霧野本人に聞かれたならばまず間違いなく右ストレートが飛ぶだろう。
惨状込みの想像を心の奥底でしながら、天馬は笑みを引き攣らせた。
そんな天馬の心中を察してかそうでないかは解らないが、
狩屋は少女のように愛らしい笑みを浮かべて天馬に言う。

「あ、やっぱり仲良しなんだよね。
 三国先輩が霧野先輩を鬱陶しがってるってのは、ただの噂なんだ」

がしゃん、と不自然な物音がした。
天馬たちが物音の方向へ視線をやると、そこには顔面蒼白の霧野が立っている。
霧野はまるで世界の終わりを目の当たりにしたかのような表情のまま、
猛禽類が己の爪で獲物を捕らえる際の動きでもって三国の両肩に掴みかかった。

「さっ、さささ、三国さんっ」
「噂だ! 全力で噂だ! 俺は霧野を――」
「うわああああっ!?」

霧野の挙動も相当怖いが、三国が何かを言い出して狩屋の耳に入るのも同じ程度に怖い。
天馬は三国の声が聞こえなくなる程度の叫び声をあげることで、
確信を得るような言葉は何も聞こえないように務めた。

「うわあ、凄い勢いだったねー今の」
「そそそそそうだねっ! 俺もあのぐらいの勢いでボールに向かわなきゃだね!」
「あれなら霧野先輩がいなくなった後に溜め息吐くのも納得だなあ」
「えええええっ!?」

狩屋の発言の後に三国たちの方へと振り返れば、
そこでは先程以上の修羅場――「惨状」以外の何物でもない混沌が形成されていた。
霧野が何かを叫んでいるがそれが何かを気にしたくない。
天馬はついさっき霧野がそうだった以上に青ざめた顔で震えていた。

(どうしよう、どうやって誤魔化そう、どうしたら自然なんだろう!)

追い詰められた天馬を救ったのは、意外な人物だった。

「こら、狩屋!」

つかつかと足音を鳴らし、サッカー部主将・神童拓人が現れた。
きらきらと目を輝かせながら、天馬は救いの主たる神童へと駆け寄って行く。
狩屋は一瞬剣呑な目をしたものの、すぐにいつも通りの柔和な表情へと戻った。
この場の誰一人にも、その表情の変化に気付かせることのないまま。

「どうしたんですか、神童先輩」
「どうしたもこうしたもない。噂は噂だ。
 霧野たちの信頼関係が本物なのは見れば解ることだろう」
「キャプテンっ」

神童の言葉を後押しするように、天馬はこくこく激しく首を縦に振った。
長い間二人に触れている神童の言葉には、天馬には持たせることのできない説得力がある。
更に言えば、二人の関係性を深く語ることなく絆の濃さだけを伝えているのだ。

(そうだよ、最初からキャプテンに頼めば良かったんだよね。
 キャプテンだったら霧野先輩たちのことをどう言ったって自然だし!)

何せ火中の二人と神童はかたや幼馴染み、かたや新旧キャプテン同士だ。
だからこそ、神童の言葉には天馬たち新参者には出せない重みがある。
狩屋が何を言ったところで覆せも揺るがせもできないような、確かな重さ。

「第一、思ってても言っていいことと悪いことがあるんだぞ!
 いくら毎度毎度三国さんが胃を痛めているからといって本人の前でそれを指摘するな!
 三国さんだって納得したうえで霧野と付き合っているんだ!」

――そして、二人に対する一切の遠慮のなさも兼ね揃えていた。
遥か後方で、霧野ががくりと膝をつく。三国は真っ白になっている。
天馬だって顔面蒼白になったまま何も言えなくなっているし、
狙ってこの状況を作り出したはずの狩屋の方が困惑していた。

「狩屋、お前は後で霧野と三国さんに謝ってこい。二人とも気を落としてしまっただろう」
「今のはキャプテンが一番悪かったですよね!?」

天馬はかつて、神童が「好きなこととできることとは違う」と言い放ったのを聞いている。
それと同じ事で、神のタクトでフィールドの空気を操ることができるのと、
日常生活において空気を読むことができるのとは全く別の事なのだろう。
天馬は今すぐ気絶して記憶を失いたい気分になりながら、今一度格言の意味を思い知った。



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