※倉間くんが半人半蛇です



部室に入った瞬間、かくんかくんと大きく船を漕ぐように睡魔と格闘する倉間を見つけ、
天馬は空のように透き通るアクアマリン色の丸い瞳をきょとんと見開いた。
よくよく見れば、浜野と速水がそんな倉間をひどく生温い目で見つめている。

「あ、天馬くん。おはようございます」
「おはようございます……倉間先輩どうかしたんですか?」
「んー……寒くなってきたんだなー、っちゅー指針の打ち出し的な? 秋の風物詩だよね」

浜野はへらりと笑って、半覚醒状態の倉間の頭をぽふんと一回撫でた。

「寒いと眠くなるみたいなんだ」

寒さに反応して眠くなる。天馬はなんとなくその理由を察した。
数日前に倉間が初めて晒してくれた、銀灰色の前髪に隠された左目。
その周りの皮膚を突き破る様にして生えていたのは、青色の鮮やかな鱗だった。
それは倉間が異形である証明。その身に宿した毒蛇の血を示す刻印。
蛇側の本能がそうさせているのだろう、と天馬は確信に近い推測をする。

(倉間先輩の中の半分くらいは、今物凄く冬眠したいんだろうな)

そんな思考を転がしながら倉間の側に寄る。倉間の目は相変わらず虚ろだ。

「……寝て、ねえし」

半覚醒状態で言われても説得力がないので、浜野たちは人肌程度の温い視線を返す。
天馬の笑顔もひきつり気味だった。

「言うだけならタダですけど、去年もそう言って爆睡だったじゃないですかぁ」
「うるせ……寒いと眠くなんだろ」
「その台詞、雪山で言ったら死ぬやつじゃね?」
「最近は死亡フラグ立てても死なないのが流行なので意外と大丈夫ですよ」

漫才を聞き流しながら、倉間は自分が半蛇なのを隠す気があるんだろうかと考える。
冬眠という単語が浜野たちの会話に出てこないのが奇跡だ。

(浜野先輩たちも解ってるけど、俺にバレないようにわざと会話に出さないのかな)

そんな風にも考えたが、すぐに違うだろうなと一人ごちた。
あの日、異貌を晒した倉間は言った。「怖くないのか」と、怯えているような素振りで。
その語調からするに、きっとサッカー部内で真実を知っているのは自分だけなのだろう。
この二人が受け入れていたなら、きっと天馬が伸ばした手に縋ったりはしなかったはずだ。

「そんなに寒いの駄目ならさ、冬だけ沖縄行けばいいんじゃね?」

天馬を思考の海から引き戻したのは、浜野のそんな呟きだった。

「……冬休み入ったら毎年行ってる」
「そうなんですか?」

ずいっと一歩踏み出して倉間の側に寄る。倉間の目は虚ろで、天馬を映してはいなかったが。

「俺、実家沖縄なんです。もしかしたらすれ違ったこととか、あるかもしれないですね」

ぱああ、と効果音がついていそうな笑顔を浮かべて、天馬は倉間の顔を覗き込んだ。
意識が明晰な時にした場合は身長関係のコンプレックスを刺激してしまうので、
何らかの攻撃を受ける仕草だったのだが、今日は寝ぼけていたのでお咎めなしだった。

「ふーん……冬休み、お前、沖縄帰んの」
「多分帰ります」
「じゃあ……会えるな」

寝ぼけたままの倉間はそんなことを言って、無愛想な彼にしては珍しくふわりと笑う。
そして、傍らの天馬の胸に額を擦り寄せ、寄りかかるようにして目を伏せた。

「冬休みだから、年越しとか、初詣とか……行けんのか」
「そうですね、楽しみです」
「ん……やっぱお前、あったけー……」

警戒心を解いて接してきた倉間に、天馬は思わずふにゃりと笑った。
後で思い出して発言を撤回されたり怒られたりはするだろうが、
それを差し引いても胸が暖かくなるようないい気分になれた。
そんな一連の動作のあと、浜野は深刻な表情をして辺りを見渡す。

「浜野先輩?」
「いや……この辺で神童とか剣城が来るんじゃないかと思って、つい」

言いながらも浜野の顔色は青に近いまま熱を取り戻さない。
まるで何かに怯えているかのようだ。それが何なのかは、天馬には解らない。

「大丈夫ですよ、言ったじゃないですか。死亡フラグ立てても死なないのが最近の流行だって」

速水がつらっと言ったことの意味も天馬にはさっぱり解らなかったが、
それは決して悪いことではないのだろうと思った。

「冬休みまでって、まだまだちょっと長いなぁ」

そう思う気持ちの方が、ずっともっと大きかった。



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