※倉間くんが半人半蛇です



「怖くねえの」

そう言ってやったら、灰に近い青色をしたでかい目はぱちぱちと丸く見開かれた。
そしてちょっとだけ悩んだような顔をしてから、一言。

「怖いです」

でも目は俺の視線から逃げちゃいなかった。
天馬がいつもそうしている通り、まっすぐそこに向けられていた。
普段は前髪で覆い隠している左目周辺に、ひだのように生えている青灰色の鱗。
おおよそ人間の体に生えるべきではない異物に向けて、視線はしっかりと注がれている。
いや、狭義的な意味では俺はとっくに人間じゃないんだろうけどさ。
動物界脊索動物門爬虫綱有鱗目クサリヘビ科ガラガラヘビ属ヨコバイガラガラヘビ。
それが本当の意味での俺。ヒトではない何か。ヒトとヘビとの混ざりもの。
どちらにもなれないから、継ぎ接ぎの変な体になっちまったできそこない。
気持ち悪いし、おぞましいはずなのに、それでも天馬は目を離さなかった。
どうしようもなく馬鹿な奴だ。

「ほんとに、人間じゃなくて……蛇も混ざってるんだって解ったから。怖いです」

そう言った時の顔がぽーっとしてるから、俺はこいつが本当に馬鹿なんだなと思う。

「……怖がってるっつーより、興味津々って顔に見えんだけど」
「え」

くつくつ喉を鳴らして笑うと、天馬は小さく首を傾げた。俺のリアクションが不満らしい。
でも、おかしいのは天馬のほうだ。俺はなんにも悪くない。
普通怖がっているなら目は逸らすべきだろ。それに、距離は離すべきだった。
だけど天馬は逃げない。それが馬鹿だからなのか単純に呆然としているのかは知らないけど、
ただただじっとそこに座って、俺の左目なんかをじーっと見てるだけだ。
なあ、お前はそんなものを注視して何か面白いのかよ。
皮膚と肉を突き破って不自然に生えた鱗なんか見たって、どうにもならねえだろうにさ。

「……触っても、大丈夫ですか」

あー、やっぱりこいつ本当に馬鹿だ。ここまで馬鹿とは思わなかった。
蛇に一番しちゃいけないことが何なのか、全然解ってないんだもんな。

「噛むぞ」

手を伸ばすなんて、歯を立てて下さいって言ってるものじゃないか。
半分以下っつったって、俺は列記とした毒蛇なんだ。
死に至ることはないだろうけど、噛んだ場所が壊死するぐらいの話は前置きしてある。
だから、いくらこの馬鹿でも、俺に噛まれることの意味ぐらいは流石に解ってくれるよな。
そう思ってた。

「噛まれたら、噛まれた時です。病院行きます」
「は」
「失礼します」

礼儀正しいんだか図々しいんだかよくわからない、いや九割九分九厘図々しく頭を下げて、
天馬は俺の頬を包むように、その両手を躊躇いもせずに伸ばしてきた。
危険性なんてこれっぽっちも理解していなかったらしい。

「うあ」

柔らかな指先が触れた瞬間に変な声が出ちまったせいで、
俺は今すぐにでも穴を掘って埋まるかもしくは屋上からダイブして死にたくなった。
鱗部分はヒトの肉と皮よりもがっしりと強固に覆われているように見えるけど、
実際にはずっともっと皮膚感覚が発達しているから、数倍敏感にできている。
お陰さまで、触れられた部分が酷く熱をもって、熱い。
あれ、でも鱗生えてるのって左側だけだよな。右の頬もかーっとなってる。何だこれ。
心臓もばくばくうるせえし、今俺どうなっちまってんだろう。
悲鳴を上げて以降うまく働かない頭を必死でフル回転させてそんな風に考えていたら、
いつの間にか目の前に天馬のアクアマリンのような目が迫っていた。
俺は完全にパニック起こす前に、その胸を勢いよく押し返して突き飛ばした。
対格差の問題でそんなに激しく距離は取れなかったけどさ。

「ち、近い! 顔が近い! ほんっとに噛むぞ!?」
「ごめんなさい、夢中になっちゃって……でも」

もう一度伸ばされる手を抵抗する気には、どうしてだか全くなれなかった。
だから、天馬の右手が差しだされている事に気付いてしまってからは、
自然と目を伏せてそれが皮膜を撫でることを無意識で受け入れていた。
瞼の上、角みたいに尖って生えた鱗を指先が掠めた瞬間、びくりと体が跳ねた。

「あったかい、です」

違う。そこが熱いのは俺が暖かいんじゃなくて、触れるお前の手が熱いからだ。
俺は鱗が露出している部分の体温を自分の力で調整できないから、
触れた物、近くにある物に合わせて体温なんかどんどん移り変わっていく。
だから今俺の頬が熱いとしたら、それはお前の手が熱いからだよ。
決して俺が恥ずかしくて死にそうだからとか、そんな理由じゃあない。
そういう意味を込めて、俺は言った。

「お前が暖かいんだよ」

おいこれ一回転して滅茶苦茶恥ずかしい意味の口説き文句になっちまってんじゃねーか。
今日はこんなのばっかりだ。だから変な気持ちになるんだ。

「なあ、お前、本当に俺が怖くないのか」
「怖いですよ」
「じゃあ、早く離せよ。早く逃げろよ」

なあ、天馬。俺はずっとずっと、さっきからこれしか考えてないんだよ。

「ほんとに噛みたく、なるから」

そうなったらきっと逃がせなくなるから、嫌なんだよ。
甘噛みくらいなら平気だよな、とか、どうせなら――って考えてしまうのも嫌だ。
伸ばされたままの手に頬を擦り寄せてしまいそうになるのを耐えながら、
俺はなんだか今にも泣いてしまいそうな気分に浸っていた。



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