(ほんと成長早いなあの一年)

倉間は増え続ける受信フォルダを見つめながら、感動に近い何かを覚えていた。
成長の早さはサッカー的な面でもそうだが、余計なところでより一層顕著に感じられる。

(こいつら、返信に三分かかってねえ)

溜まる一方である信助と天馬からの受信メールを一通ずつ見返すと、
それらが届いた時間がほとんど離れていない。
最初の頃の返事に数十分かかっていた頃を思い出して、
倉間ははぁ……と感嘆めいた吐息を漏らした。
考えているうちに信助からまたメールが届いたので、ぱちぱちと返信を打つ。
倉間も倉間で相当キーを叩くペースが早いからこそ、
返信が溜まっていく速度が異様になることには気付いていない。
打ち終わり、送信アニメーションの終了と同時に着信音が鳴ることにも慣れた。

(次は天馬だな)

最早見なくても解る程度には二人の相手をしている。
片手でぱたぱたとキーを操作すれば、他愛のない雑談と一緒に、
「これからお風呂です」と絵文字が付いた一文が見えた。
これがだいたいメールのやりとりを終わらせる合図だった。
食事だから、風呂だから、と前置きし、それ以降は返事をしない。
それはどちらともなく始めた習慣で、いつしか定例化していた。
そうなる程度には、倉間は二人のメールに返事をしていた。
本人の性格が神経質、もといマメなのもそうだが、初めての後輩に浮かれているらしい。
ともあれ倉間は天馬のメールを閉じて、信助から返事が来たら自分も風呂に入ろうと考えた。
そして同時にこんなことも考えた。

「……あいつら、部員全員とメールアドレス交換してたよな?」

まさか数人同時にこのやりとりをしているのだろうか。
だとしたら打つのが早過ぎる。進化したにもほどがある。
倉間は閉じた携帯を開いて、浜野宛てへメールを作成し始めた。
しかし、その指先はぴたりと途中で止まる。

(そういえばあいつメール見たらそこで満足して返事返さねえんだ)

本人曰わく心で返事をして終わるらしい。もしくは返事をすることを忘れるそうだ。
返事をしないでいる間中ずっと急かされるような気分になる倉間と速水には、
到底理解できないようなズボラさ加減を浜野は誇っている。
そうこうしている間に信助からの再返信が届いたので、
雑談へのツッコミとともに「今から風呂」と一文を添えて倉間は携帯を投げ捨てた。
途中まで打ったメールを速水宛てに送信する発想は産まれなかった。
絵文字のない真っ黒な、しかも返事が面倒臭くなるレベルの長文が返ってくるからだ。



「で、お前らあんだけのメール全員としてんのか」

結局倉間は朝一番に出会った天馬と信助に直接疑問を問いただしていた。
二人は顔を見合わせて、ちいさく首を傾ける。

「一気に色んな人とはしないです。あと、浜野先輩は返事帰ってこないです」
「それに速水先輩はすっごい文章長くて……その」
「知ってる。そいつらがメールしにくいのは知ってる」

何せ自分も被害者だ。その先を告げずとも、あっさり情景が想像できた。

「霧野先輩とはよくメールしてます。
 でも、三年生の先輩は俺たちの返信が早過ぎるらしいです」

引きつった笑顔を浮かべたまま別のケースを提示する天馬の言葉を聞き流しながら、
倉間は(ああ、俺にメール来ない日は霧野が相手してたんだな)とぼんやり思っていた。
霧野ならこの二人を同時に相手をするとしてもきっと捌ききれるだろう。
何ならもう一人ぐらい相手にできるかもしれない。
そう思ったが、本人にそれを言おうものなら、
何を根拠にしたかを小一時間問い詰められるに違いないので口には出さない。
さらにそこで「見た目」と正直に口に出せば、まず間違いなくはっ倒されるだろう。

「あとは葵とかー……剣城はたまにしか返してくれないんですよね」
「……剣城ってメール返すのか」

ぴょこぴょこ跳ね回りながら信助が語るが、全くイメージが湧かず、倉間は唸った。
確かに最近は部にも馴染んできたし、一年生同士は和気あいあいとしていたが、
進んでメールの返事をするまでとは思っていなかったのだ。
ともあれ、天馬たちが他の部員たちともメールをしているに違いないが、
恐らくその相手はその時々で一人に集中しているのだろう。
流石に二、三人を同時に相手するほどの修羅にはまだなっていないようだった。

「あー、じゃあ神童はどうなんだ?」

そういえば、自分もあまりメールでのやりとりはない。
なので普段神童がどんなペースで返事をしているのかが解らず、好奇心半分に倉間が訪ねる。
その直後、天馬のアクアマリン色の目は若干陰った。

「物凄い重いんで、キャプテンに返事をするときだけはメールに慣れてない設定になります」

空気が凍る。足も止まる。時間の流れがゆっくりになったような気すらしてきた。

「……重い?」
「その、別に文章が長いとか、返事に困るほど短い訳じゃないんです。
 それどころか凄い話しやすいんですよ? 話しやすいんですけど……重いんです」

信助も隣でこくこくと頷いている。同じく被害者らしい。
様子を見るに、気を遣ってしまうだとかそういうレベルでもないようだった。
文章は何となく想像できた。だって神童がこの二人に送る物だ。
後輩かわいさに迸る熱い何かを抑えもせずにキーを叩いているのだろう。

「そんな訳で俺たち、キャプテンに対してだけは、
 メールに慣れてないので返事に時間掛かりますよって言ってあるんです」
「……変なこと聞いて悪かったな」

倉間は黒壇色をした三白眼からかすかな光すら失いつつ、
(神童とはできることなら極力メールしないでおこう)と心に誓っていた。



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