「監督、俺にやらせてください」

今まで散々暴言を吐いていた割に適切な敬語が使えるようになっていた剣城が、
へたり込む天馬を尻眼にそう主張した。

「どうするつもりだ」

剣城の意図を計りかねた円堂が聞き返す。
信用していない訳ではない。寧ろ、信頼を置いている。
しかし、何の根拠も自信もないものを許可することはできないのだ。
剣城はその問いに、凛とした表情と声とをもって答えた。

「こいつの胸を揉みしだきます」

0.5秒で神童が立ち上がり、剣城の後頭部を手近にあったファイルで殴り倒す。
天馬も尻餅をついたまま、慌てて距離を置いた。
若干離れた場所では、顔面蒼白の速水と浜野が手を振って天馬を呼び込んでいる。
この場の全員が、一瞬で剣城の敵にまわった。

「つ、つるっ……剣城! この恥知らず!!」

神童はがすがすと剣城をファイルの角で殴打し続ける。
雷門イレブンにしては珍しく、神童の暴行を止める者は誰も居ない。
それぐらい今日の神童は正当な突っ込みをしていたのだが、対する剣城は真剣だった。

「思い出せ神童、お前が初めて化身を出したとき、あいつはお前に何をした?」
「何をって、忘れる訳ないだろう。天馬はあのとき、縋るような手で俺の左胸に――」

やや陶酔が入り混じった声でそう呟きながら、神童が自らの左胸に手を伸ばす。

「……左、胸に?」

声は途中で疑問系に変わった。握り締めたユニフォームが波打って、大きな皺を作る。
――神童は、天馬が左胸に触れたのをきっかけにして奏者マエストロを覚醒させた。
それが意味するところはひとつしかない。

「天馬が俺の左胸に触って……触ったから、化身がっ」

剣城が何を言いたいのかを察し、神童は絶句した。同時に、部内の空気が凍った。
それで化身が出るのなら苦労しないと突っ込みを入れたいのだが、
現に胸を揉まれただけで化身の力に覚醒した生き証人が目の前に居るので、
この仮説は一概に否定もできなかった。かなり馬鹿馬鹿しいが。

「俺がこの技を完成させる。とんでもない物が出てきそうだからな」

剣城は手をわきわきと動かしながら、へたり込んだままの天馬に真顔で接近していく。
疲れと恐怖で身動きがとれない天馬は「ひぃ」と悲鳴をあげるぐらいしかできず、
抵抗の形をとることすらままならない状況に陥っていた。

「ま、待て! それなら俺にだってその権利があるっ、天馬に触られたのは俺だ!
 俺と天馬に何か共鳴するような何かがあるのかもしれないしっ、だからそのっ」

半狂乱になりながら天馬に迫る神童を横目に、倉間が小さく頷いた。

「西園、俺とお前はシュート練習だ。剣城と神童の顔面目掛けて全力で蹴り込め」

残りの部員に倉間を止める気はさらさらなかった。
天馬の悲鳴と爆音が重なるまで、あと数秒。



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